ある嵐の一日









 轟音が轟く。

 稲光が幾度となく閃き、暗雲立ち込める空を光らせる。



 「嵐、か」



 誰に言うでもなく、そう呟いた。

 思えば私にとって、これが初めての嵐ではないだろうか。

 トゥスクルの皇城には被害が及ばないだろう。

 落雷が直接襲ってこない限り、しっかりとした土台に基づいて建設されている城が崩れることは無い。豪雨による水害も、この高台に位置する立地では考えにくい。

 よって、城内から出ない限りはこれ以上なく安全なのだが、私は不安で仕方がない。

 というのも、私が憂いるのは民の事だからだ。

 建國後、私が重視したのは軍備以上に治水だった。

 前皇は自らの欲望を満たす為だけに執政し、民の事など何一つとして考慮しない愚皇であった。それ故、災害に対する備えなど、一農村が蓄えうるものではなかったのだ。

 川が近い集落は度々水害にあい、山道が整備されていない土地にあっては幾度となく崖が崩れた。

 当然、その被害者は数が減らない。それどころか、年々増加していた。

 それを放置しておくわけにはいかない。

 私は勅令で各地に治水の令を飛ばした。

 里を出来る限り河岸から遠ざけ、土嚢を積み川を整備した。

 足場の悪い道を封鎖し、極力幅の広い安全な道を舗装する。

 そうした努力が実を結び始めたのはつい最近のことだ。

 それでも、この嵐で幾人もの命が失われるだろう。

 例え最善を尽くしていたとしても、天災の前には人は無力だ。

 被害を最小限に食い止めようと尽力しても、嘲笑うかのように根底から覆されてしまう。

 私個人の努力は、そうした大いなる力の前では無力なのかもしれない。

 そう考えるだけでため息が漏れる。

 いくら考えても、心を痛めても、仕方が無いのかもしれないな。

 私に出来ることといえば、じたばたせずに事前に最善を尽くし、事後の処理を迅速に行う事だろう。

 今はただ、待つことしか出来ない。



 「ふぅ……」



 実を言えば、今日は一日家族で出掛けようと考えて空けた自由な一日だった。

 市街に降りることも考えていたし、普段あまり構ってあげられないエルルゥとアルルゥに目一杯楽しい思いをさせてあげたかったのだが。

 それもこんな状況では仕方が無い。

 自室から外を眺める。

 普段は兵士たちで活気付く訓練場も、この日ばかりは人影が無い。

 城壁で嵐の中でも見張りを続ける兵士たちには本当に恐れ入る。

 空は、夜が訪れたかのように暗い。

 雨足も心なしか強くなった気がする。

 叩き付けるように打ち付ける豪雨は、その勢いから視界を一面靄がかったものにしていた。

 当面、嵐が過ぎ去る気配は見えない。

 外に出ることも出来ないのでは暇だ。

 何かすることは無いだろうか。

 思案するも、中々いい考えが浮かばない。



 「どうしたものか―――」



 悩んでも何か解決策が出るわけではない。

 脳裏を過ぎるのは、今日という日を待ち望んでいた姉妹の嬉しそうな表情。

 今頃、一体何をしているのだろうか。



 「―――そうだ」



 どうせ私一人で居てもすることが無いのだ。

 ならばいっその事、同じ様に時間を持て余している皆の下を訪れるのもいいかもしれない。

 思い立ったら行動せずにはいられなかった。

 さて、まずは何処へ行こうか―――。










     ある嵐の一日












 「お、……兄者ではないか」



 背後から声を掛けられる。

 振り返ると、オボロがドリィとグラァに支えられるようにして立っていた。

 オボロは一人で立つこともままならないのか、体を預けている。



 「ど、どうしたのだ」



 あのオボロが足元を覚束無いものにしている、ということが珍しい。

 怪我でもしたのだろうか、それにしては傷跡が見当たらないし、手当てした痕跡も見えない。

 しかしこれ以上無く、その表情は辛そうだ。

 顔を真っ青にしたオボロが、呻く様に呟く。



 「カ、カルラが……」



 「カルラ? カルラがどうかしたのか?」



 しかしどうにも言う事がはっきりしない。

 その内にオボロは顔を伏せたまま動かなくなった。

 全く状況が読み取れない私は、疑問の視線を双子に投げかける。

 とはいえ、彼らも困ったように顔を見合わせている。



 「何があったか、知っているのか?」



 二人は揃って首を横に振る。



 「いいえ」



 「カルラ様に呼ばれてお部屋まで行ったのですが……」



 そこに居たのは悠然としたカルラと、死んだように横たわるオボロの姿があった、との事らしい。

 一体何があったのやら……。

 後で詳しいことをカルラに問い詰めなくてはな。



 「分かった、下がっていいぞ」



 「「はっ!」」



 背の高いオボロを支えているだけあって、オボロは支えられるというよりも引きずられる格好になっている。

 見た目はこれ以上無く格好悪い。



 「しっかりと介抱してやってくれ。もしも駄目な様子ならエルルゥに診てもらうといい」



 「申し訳御座いません……」



 「ありがとうございました」



 ペコリと頭を垂れ、オボロの体は彼らの自室へと運ばれる。

 あの姿を見ては、まずはカルラの元へ行かなければいけないだろう。

 話によれば、カルラは自室に居るらしい。

 私は踵を返し、カルラの元へ向かった。












 「あら、あるじ様。どうかしまして?」



 ギリヤギナの戦士は、何をするでもなく外を眺めていた。

 確かにこの天候ではそれ位しかする事は無いのだろう。カルラは退屈そうに、体を壁に預けている。



 「いや、先ほどオボロに会ってな……。あんな姿を見ては、一体何があったのか気になって仕方が無い」



 「それでは、あるじ様自身が体験なさいます?」



 そういって、カルラは傍らに置いていた徳利を掲げる。

 なるほど、そういうことか。



 「あんまり退屈だったから、お酌の相手をしてあげたんですけれど……まだまだ、ですわね」



 私もオボロと酒を交わしたことはあるが、それ程弱いという訳ではない。

 問題があるとすれば、その酒癖の悪さであろうか。何かにつけて絡み癖があるというか。あんな姿をユズハに見せたらどのような反応をするだろう。

 ……機嫌を損ねたユズハに平謝りするオボロの姿が安易に想像できた。その姿に兄としての威厳など無い。

 とはいえ、あのオボロが無言になる程の量とは、想像も出来ない。

 オボロは大抵、そこまで辿り着く前に眠ってしまう。その介抱を任せるのもドリィとグラァなのだが、オボロが潰れた後のほうが心なしか表情が嬉しそうに感じるのは気のせいだろうか。



 「ささ、どうぞ御一献」



 気付けばカルラは再び酒盛りを始めようとしている。……あの体の何処にそれだけの酒が入っているのか。



 「いや、悪いが遠慮しておこう。まだ時間も早いし、皆が何をしているのかも気になるからな」



 「そう、残念ですわね」



 それ程残念にも見えない様子で言う。



 「カルラは、これから何をするんだ?」



 「これでは何もすることが無いですし―――眠るくらいしかすることは無いですわ」



 確かに。

 簡単に暇を潰せることが見つかれば、私もこうして出歩いたりはしないだろう。



 「そうか……。もう、オボロの様に誰かを潰すんじゃないぞ」



 「ええ。もうそんな事はしませんわ……。今後は、ね」



 何か引っ掛かるものを感じながら、私は踵を返す。

 寝転がって私から顔を背けたカルラが笑っていた事になど、気がつくはずも無い。











 「あ、おじ様!」



 背後から届く、元気の良い声。

 天真爛漫と言えるその明るさは、見ている者を微笑ませる。



 「カミュか。元気そうだな」



 「うん、元気だよ!―――っと、ねえおじ様、アルちゃん見なかった?」



 「アルルゥ? いや、見てないな……。どうかしたのか?」



 「今、かくれんぼの最中なんだけど、アルちゃんいっつも難しい所に隠れるから見つからないの」



 あぁ。かくれんぼか。

 ……何だか嫌な光景が頭を過ぎった。過去にアルルゥ達がかくれんぼをしている様子を見かけたことがあるが、まさかあんな場所に隠れるとは……。あの時は思わず飲んでいた茶を噴出してしまったが。

 毎回あんな場所に隠れるのでは、今回もとんでもない場所に隠れていそうだ。そう、誰もが予想だにしない場所に。



 「……そ、そうか。頑張って探してくれよ」



 「うん。でも、カミュもうクタクタだよぅ」

 泣き言を言い始める。

 確かにかくれんぼは、ずっと鬼で見つけられないと大変だが。



 「もう、朝ごはん食べてからずっとなのに……」



 「―――朝、から?」



 もし何か飲み物を口に含んでいたら、再び噴出したに違いない。

 ……アルルゥよ、一体何処に隠れているんだ。



 「とりあえず、もっと探してみるね! じゃあおじ様、またね!」



 フヨフヨと漂って飛んでいく。……頑張れカミュ。

 幾らアルルゥでも、流石に外には出ていないはずだから。












 「ウルト、今大丈夫か?」



 「ハクオロ様―――はい、どうぞ此方へ」



 聖母の如き笑みを浮かべるウルト。

 その手には見慣れた着物が置かれている。



 「それは……?」



 ウルトの隣に座りながら、私はその着物に目をやる。

 それは確かに、アルルゥの着物だが。



 「今朝、アルルゥ様がいらっしゃった時に裾がほつれていたので、直してあげようと思いまして」



 確かに、その手には似合わぬ針と糸が握られている。

 ウルトは危なげない手つきで縫い合わせていく。

 着物のほつれは見る間に小さくなっていく。私はただ、感心して見ているだけだ。まるで初めから解れなど無かったかのように修繕される。



 「慣れたものだな。昔からやっていたのか?」



 「ええ。カミュも女の子なのに色々なところを走り回るので、よく着物を汚してきましたし。その度に、私が直してきたんです」



 困ったように言いながらも、その表情は楽しげだ。本当にカミュのことが好きなのだろう。

 オンカミヤムカイの第一皇女とは思えないほど家庭的な様子だが、本来の品のある高貴なウルトも、今の身近なウルトも、どちらも彼女本来の姿に違いない。

 彼女は尊敬できる女性だ。

 将来はきっと、良い母親になるのだろうな、等と考えてしまう。



 「あ、ただ今お茶を淹れますから、少しお待ちくださいね」



 アルルゥの着物を一端机に置いて立ち上がる。

 お気遣い無くと言う間もなく、ウルトは奥へと消えていった。

 することも無くあたりを見回す。女性の部屋をまじまじと見るのは失礼だが、清潔感のある良い部屋だ。

 ……そういえば、アルルゥはこの部屋を訪れたと言っていた。

 それがカミュを誘いに来たのなら兎に角、その後訪れたのなら、アルルゥはこの辺りに隠れているのだろうか。



 「お待たせしました」



 ウルトがお盆の上に二つの器を載せて戻ってきた。

 そのうちの一つを受け取り、疑問をぶつける。



 「なあ、ウル……」



 「姫さま!」



 と、其処にムントが入ってきた。

 ……毎日顔を会わせているはずなのに、ムントを見るのが久しぶりに思えるのは何故だろうか。



 「どうかしましたか?」



 「はい……。実は……」



 何やら私とは関係の無い話が始まった。

 私が居ることを咎められないことから別に私が聞いても問題は無いのだろうが、口を挟むのもどうかと思う。

 私は淹れたてのお茶を啜りながら、何気なくムントを眺める。

 ウルトと話すために向き合っているから、当然ムントは私に背中を向けている。

 ウルトと同じ、白い羽の大きな翼。

 そして。

 その双翼の間に無言でぶら下がる、アルルゥ。



 「ゴファーーーーーーッ!?」



 予想外の事に、私は思わず噴出した。

 な、何て所に居るんだアルルゥ。

 アルルゥは法衣服にじっとしがみ付いたまま動かない。

 気がつけば、二人が驚いた様子で此方を見ていた。



 「す、済まない……」



 「ど、どうかされましたか!」



 「何か、変なものでも混じっていたでしょうか……?」



 突然の事態に戸惑う二人。それを尻目に、私は何とかして心を落ち着ける。



 「い、いや、何でもないんだ」



 「そうですか? 私に不手際が御座いましたら、何でも言ってください」



 悲しげにまぶたを閉じるウルト。それを見ると申し訳ない気持ちで一杯になるが、何せ唐突な事だから仕方が無い。

 私はムントを見る。言いたい事は沢山あるのだが、それが頭の中で纏まらない。



 「……ムント」



 「は、はい?」



 戸惑った表情を浮かべる。私は脳裏を駆け巡る言葉の中から、一つの言葉を選び取った。



 「……疲れないのか?」



 「え……、は、はぁ……」



 何のことだか分からない、といった様子のムント。



 「そういえば、今日は何故か普段よりも肩が凝っている気がしますな……」



 首を傾げながら、肩に手を当てる。

 それはそうだろう。―――というよりも、何故気が付かない?



 「―――まぁ、頑張ってくれ」



 私はそのまま立ち上がると、ウルトの部屋を後にする。

 無論、あえて指摘は、しない。












 「全く……。あれでは気が付かないのも当然だな」



 まさか誰も、人の背中に誰かが張り付いているとは思うまい。

 それに加えて、ムントの背中は翼が生えている関係で影になりやすく、真後ろから覗かなければアルルゥの姿は見えない。

 カミュは何時気が付くだろうか。

 いや、カミュは日頃口うるさく言うムントから逃げているから、もしかしたら一日経っても気が付かないかもしれない。誰が最初に指摘するのだろうか。

 私には応援することしか出来ない。

 遠い目をしながら外を見やる。

 そこには相も変わらず唸る黒雲と、止むことを知らない雨が地肌を叩きつけていた。



 「……じょ〜」



 「―――ん?」



 何かが聞こえたような気がする。足を止めて辺りを見回すが、何ら変な事は見当たらない。

 気のせいだろうか。

 首を傾げながらも、私は再び歩き出した。



 「……先ほどのことで疲れが出たのかもしれないな」



 その可能性が否めないのが悲しいところではあるが。

 しかし何度思い出しても衝撃的な出来事だった。

 廊下の突き当たり。私は何の感慨も抱かずにそこを曲がる。

 と。

 次の瞬間、私の視界が九十度ひっくり返った。瞬かせる瞳が見ているのは、木の天井だ。

 角を曲がった瞬間、何かが私の腹部にタックルをしてきた。

 こんなことをするのはアルルゥ位のものだが、生憎アルルゥはお取り込み中だ。



 「……たた、誰だ?」



 私は体を半分起こして全ての元凶を見遣る。



 「せいじょぉ〜」



 ……何か、見えた。

 ふう、と一息。私は服を叩きながら立ち上がり、身なりを整える。



 「……さて」



 これからどうするか。

 そういえばまだ、エルルゥの所を訪れていなかった。一体何をしているだろうか。



 「なんでムシするんですかぁ〜っ!」



 着物を摘まれ、後ろへと引き戻される。

 こうまでされては見なかったことには出来ない。私は観念しながらソレを振り返る。



 「……なんだ、トウカ。ずいぶんとご機嫌のようだが」



 「へ〜? そんなことは、ないですよぉ」



 もう、何が何だか。何処から指摘したら良いのかはわからないが、トウカの頬は紅潮しており、それは私も幾度か見たことがある姿だ。

 つまり、飲酒したということだが。



 「ふにゃぁ〜〜〜」



 「原因は―――考えるまでもないか……」



 こんな事を面白がってする者を、私は一人しか知らない。

 あの何かを思いついたような意地の悪い笑みが脳裏を過ぎる。私は目撃していないが、間違いない。

 彼女は私の預かり知らぬ所でほくそえんでいるに違いないのだ。



 「カルラめ……!」



 おそらくは、オボロに続く第二の被害者。

 トウカは酒に弱い。一口飲んだだけで顔を赤く染めるだろう。

 オボロはカルラによって潰されたが、おそらくはこちらの方が面白いと踏んだのだろう、トウカはその一歩手前で出来上がっていた。

 その目論見は的中した訳だ。最も私自身は面白くも何とも無い。



 「あー、トウカ? 大丈夫か?」



 「だいじょーぶ! だいじょーぶれす!」



 酔っ払いほどそう答えるものだ。

 嵐の空は私の心を移す鏡のよう。沈んだ心はそう簡単に晴れる物では無い。



 「せいじょう〜。何処へ行かれるんですかぁ〜」



 ヨタヨタと覚束ない足取りでふら付く。

 別に私は何処にも行こうとしていない。トウカの視界はおそらく歪んでいるのだろう。もしかしたら私が二、三人に分裂して見えているかもしれない。



 「あぁ、せいじょうがさんにんも〜! ど、どれが本物ですかぁ〜?」



 ……どうしようか。

 暫し思案するも、酔っ払いの対処方法はあまり詳しくない。こうした時に何とか出来そうなのはエルルゥくらいだろうか。薬を煎じてもらえば酔いに効くものも出来るだろうし、いざとなれば眠らせてしまえば良い。



 「トウカ、行くぞ。ついてこれるか?」



 「ど、どのせいじょうについていけば良いのですかっ!?」



 前途多難だ。

 無事にエルルゥの元にたどり着けるのだろうか。












 「ど、どうしたんですか!?」



 結局私はトウカを背負ってエルルゥの部屋を訪れた。



 「いや、助けてもらいたいのだが……」



 背中のトウカを下ろし、エルルゥに診せる。

 背負っている間に気分が悪くなってきたのか、心なしかその顔色は悪い。



 「うぅぅ〜〜……」



 「どうやら、酒を飲みすぎたらしくてな。何か薬を煎じてやってくれないか?」



 「……はーい」



 少し不機嫌な様子ながら、エルルゥは棚から数種類の薬草や根を持ち出して作業に移る。



 「もう、私いつも言ってるじゃないですか。お酒は飲みすぎたら体に悪いんですからね」



 「いや、私が飲ませた訳ではないぞ?」



 「関係ありません! ハクオロさんだって時々飲みすぎて気持ち悪くなることがあるんですから! ハクオロさんには作ってあげませんからね」



 そう言われてしまうと、私は何も言い返せない。

 エルルゥは尚も何か言いたげな様子ではあったが、その手を休めることは無い。

 慣れた手つきで材料を配合し、少量ずつ加減を見ながら調合を進める。

 傍から見ているその様子は、トゥスクルさんの姿が重なって見えた。私が初めて見た頃は、まだ手つきも覚束なかったエルルゥだが、段々とトゥスクルさんに近づいてきたのではないだろうか。



 「……何を見てるんですか?」



 未だに少し機嫌が悪いのか、少し頬を膨らませて此方を見る。

 私は思わず苦笑し、何でも無いよと手を振った。

 褒めてあげればきっとエルルゥは喜ぶはずなのだけれど、そう口にすることは無い。

 エルルゥは日々頑張って勉強を続けている。それはきっと楽しいことだから続けているのだろうし、褒められるために薬師として研鑽している訳ではないだろう。

 いつかきっと、自分自身で成長を実感できる日が来るはずだ。それまでは私はエルルゥの傍らでその成長を見守り続けよう。

 そう、思う。



 「きもちわるい〜……」



 「はい、もうすぐ出来ますから待ってて下さいね」



 仕方が無いというように微笑むその顔は、どこか懐かしいヤマユラの里を思い出させた。












 「すまないな、エルルゥ」



 「え? 何がですか?」



 「今日こそは家族でゆっくり過ごそうと思ったんだが」



 生憎の空模様。

 嵐は止む事無く続いている。風も強く吹きつけ、雨脚も弱まることが無い。

 それでも、朝の勢いから比べれば多少は穏やかになったと思う。



 「それはハクオロさんのせいじゃ無いですよ」



 それは違いない。

 天候の操作まで出来ては、まるで私は神ではないか。

 それに、私が神だとしたらこんな状況にはならないはずだ。私が待ち望んでいた事は、結局実現に至らなかったわけなのだから。



 「それでも、な。普段家族らしいことが出来ないのだから、今日くらいは、と思っていたんだが……」



 「嬉しいです。でも―――」



 今だって、十分一緒に居られていますよ?

 傍らのエルルゥは私にそう微笑みかけた。



 「―――そうだな。」



 何も出掛けることばかりが家族らしさではない。

 こんな、なんでも無い時間を一緒に過ごすことだって、とても大切な事だ。

 何をするでもなく、寄り添って外を眺める。

 いつもなら心が沈みがちな空模様も、このときばかりは良いものに思えた。

 この雨が過ぎれば、きっと空は晴れる。そうしたら空には虹の架け橋が架かるだろう。

 その時はまた、皆で外に出てみよう。

 そんな想像に心躍らせて、嵐の時間は流れていく。

 晴れた未来に思いを馳せて―――。