うたわれるものSS
「ある夜の風景」 
 
 
 
 
ハクオロを初めとする男達は城の中庭に集まっていた。
しかも何故か思案げな表情である。しかしそれはハクオロだけではない。その場に全員が、である。原因は目の前にうず高く詰まれた大量の物にあった。
「で、皆各地でもらってきたわけか……。一体どうする? こんな大量のモロロ……」
先程から何回目かわからない溜息が出ている。
彼らを困らせているこの大量のモロロはこの世界において最もメジャーな食料である。普通に茹でで食べるもよし。焼いても美味しいこの芋は、子供から大人まで人気である。例年各地で栽培され、人々の主食になっている。やはり獲れる年と獲れない年があるが、今年はその量が半端ばものではなかった。
原因はハクオロがもたらした肥料である。今までは割りと肥沃な土地にしか育たなかったモロロが、彼の肥料のおかげでその生産地が広がったわけである。当然、収穫高は増える。だが貯蔵の関係で多くは保存しておけないのである。
年の瀬に各地の治安を確かめるべく散っていった彼らが、任地で民から頂戴してきたのにはこういう理由があったのだ。
その中でも何故か人一倍もらってきた騎兵衆副長の男が居心地悪そうに言った。
「そんな顔で睨まないでくださいよ、総大将。どうするって言いやしてもねぇ……。お前らももらっていたなんてなぁ」
後ろの部下達も困り顔だ。
「皆さん限度というものを弁えていただかないと。まぁ幾分かは貯蔵しておくとしても、この量は……。捨てるのは忍びないですし……」
「……そういうベナウィももらってきてるじゃないか」
頼れる侍大将も良い案が浮かばないようである。珍しくオボロにまでつっこまれる始末。
「なぁ兄者、どうせならこのモロロ、皆で食っちまわないか?」
いきなりオボロが言い出した。が、皆が目の前の山を見て憂鬱そうにしている。
「オボロお前、この量をか? 城の全員で食べても食いきれないぞ……」
「違う違う、食うのはこの城下の全員でだ! こう、なんかデカイ釜で一気に煮ちまうんだ、鍋みたいに! それを皆で食えばいい!」
「お、若大将もたまには良い事いうじゃねぇか! 俺もそれに乗った!」
子供のように興奮しているオボロとクロウをたしなめるようにベナウィが言う。
「まったく二人とも、もう少し考えなさい。そんな事をどこでやるんです? それにそんなに大きな釜がありますか」
「……いや、あながちそうでもないぞ?」
「聖上? 何を仰るのです」
「場所はこの前庭を使えばいい。ここなら十分だろ? それに釜は……チキナロ、そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」
ハクオロの一言ですぐ近くの樹木が揺れた。そして次の瞬間、いきなり木の上から件の男・チキナロが降りてきた。その眼はいつもどおり開いているのかわからない糸目で、だが一分の隙の無い動作で彼らの傍にやってきた。
「さすがハクオロ様、いつもながら感心致します、ハイ」
「お前、いい加減普通に入ってきてくれ……。というか、警備を一度洗いなおした方が良さそうではあるな」
「いえいえここの衛士殿は良くやっておられますよ、ハイ。ところで、大きな釜でしたらご用意致しましょうか?」
やはり木の上から一部始終を見ていたらしい。チキナロはすぐさま交渉に取り掛かった。懐から愛用の算盤を取り出して神速のスピードではじく。元よりやる気であったハクオロが特注で頼むということで気になったのは値段である。
「おいおいこんなに安くていいのか? 結構な量の鉄を使うんじゃないのか?」
「ハクオロ様にはいつもご贔屓にして頂いてますから、ハイ」
 
 
「うわぁ、美味しい……。カミュこんな美味しいお鍋初めて!」
「ユズハも初めてです……。美味しいね、アルちゃん?」
「ん」
腕利きの商人であるチキナロによってすぐに釜は用意され、夕刻になるやすぐに芋煮会もといモロロ会は始まった。
エルルゥを中心として女達が鍋の用意をし、ハクオロ達は城下の民を集める。普段城に入ることのない人々は皆興味深そうにきょろきょろとしていたが、広場の大釜をみるや驚いたように歩を止める。
今まさに具材が煮え、ハクオロの乾杯によってモロロ会が始められたのである。
「なぁトウカ、お前も食べたらどうだ?」
彼がこう言うのも無理はない。なんせ彼女はこの和やかな雰囲気の中一人だけ何も食べず、じっと不動の構えでハクオロの後ろに侍しているのである。そればかりか、周囲にこれでもかと言うほど殺気を放っている。おかげで皆怖がってしまい、誰一人近づいてこない。
しかしにべもなく辞する。
「いえ、某は聖上のお傍付でありますゆえ、お気遣いは無用です」
「そんなに身構えなくても大丈夫だろう? もっと気楽に考えてもいいんじゃないか?」
「いいえいけませぬ! 今でさえどこからか狙われているかもしれぬのです。不肖このトウカ、全身全霊を持ってお傍付の任務に望む所存です!」
彼女が意気込んでいるのにはそれなりの事情がある。
それは彼女が元々敵方の者であったことだ。今はその時ハクオロに受けた恩を返そうと必死に任をこなしているが、影ではやはり彼女に対する謗りはある。中には彼女に仲間を殺された恨みを持つ者も多く、中々城に馴染めないでいるのが現状なのだ。
だからこそ懸命に任務をこなそうとしているのだろう。ハクオロ自身、その心構えは理解しているし、ありがたく思っている。
「そもそも聖上は安心しすぎです! もっと危険に対する配慮を……」
彼女が立ち上がってなにやら力説し始めようとしたとき、不意に、
 
 
 
 
くぅ〜〜……
 
 
 
 
しばし固まるトウカ。
続いて顔が真っ赤に染まる。
「し、しししっ、失礼致しました!?」
「トウカ……」
ふっと笑いがこぼれた。
彼は慌てる彼女を制し、近くにあった取り分け用の小鍋からトウカのためについでやり、目の前に差し出した。
「あまり根を詰めすぎるな。それにそんな状態では、満足に動けないだろう?」
「う……しかし…………」
尚も首を縦に振ろうとしないトウカ。
ハクオロはちょっと残念そうに言った。
「私は、トウカとこうして鍋をつつきたいのだがな……」
「それはご命令でしょうか?」
「いや……『お願い』だな……。嫌か?」
「い、いえ、そのようなことは!?」
慌てて否定すると、おずおずと器を手に取る。心なしか頬が赤いような気がする。
夜風に当たって冷えた彼女の手を椀が温める。しばしその心地よい熱を楽しむとゆっくりモロロを口に含んだ。
「美味しい……です」
(何故だろう。先程までまるで巌のようだったトウカの雰囲気がずいぶんと変わったな。……こうして見ると、やはり年相応の娘なのだな……)
花が咲いたように微笑む彼女を見ながら、彼もまた椀を傾けるのだった。
 
 
モロロ会も酣となり、あちこちで笑い声が絶えない。普段は城下の民と親交のない城内の者達は皆楽しそうに輪を作って杯を酌み交わしている。
ハクオロがふと最初に自分が乾杯の音頭をとった演台にカルラが立っていることに気づいた。あれほど酒を飲んだにもかかわらず、普通に歩いているのが謎だ。
壇上の彼女に皆気づいたのか、視線が集中した。
「皆さん、ここで一つ余興を致しませんこと?」
少々興味が湧いてハクオロが尋ねた。
「一体何をやるつもりだ、カルラ?」
「あら、ふふっ、まぁ見ていて下さいませ……。あぁ、ドリィさん、グラァさん、少々こちらへ……」
いきなり彼女に呼ばれた二人は不思議そうに互いの顔を見合わせた。カルラが催促するように手招きするので、おずおずと壇上に上がった。とりあえずドリィが口を開いた。
「何ですかカルラさん、僕達に何か……?」
二人がそろって彼女を見るとカルラは怪しげな笑みを二人に向けている。薄ら寒いものを感じる二人であった。
「ルールは簡単ですわ。今から二人がこの上で回ります。皆さんはどちらがドリィさんで、どちらがグラァさんか当てて下さいませ」
なるほど、二人の十八番である。まるでうりふたつというくらいそっくりな二人はよく城内でもこれをやっている。ハクオロでさえ、彼らを絶対に見分けることは難しい。
「そして、ただ当てるだけでは芸がありませんわ。最後まで残った方には二人の……口付けを差し上げますわ!」
高らかに宣言するカルラ。
表情が凍るドリィとグラァ。
「「ええーっ!!」」
だが二人の悲鳴は突如巻き起こった大音量にかき消された。
「「「うおっしゃー!!!」」」
「「「キター!!!」」」
「「「ドリィ様―!!! グラァ様―!!!」」」
会場の男達の雄たけびが辺りを埋め尽くしている。皆目を血走らせ、我先へと演台に殺到してくる。所々で「ドリグラ萌えー!」とか聞こえてくるのは気のせいであろう。
気のせいであってほしい。
「ちょ、ちょっとカルラさん!? 僕達は嫌ですよこんなの! それに、初めては若様って決めてるのに……」
「あ、グラァも!? 僕もだよ……。カルラさん何とかしてください〜」
微妙に聞き捨てなら無いことを口走りながら涙目で訴える。そんな二人の肩に手を置き、諭すようにカルラが言う。
「まぁまぁ、まずは落ち着きませんと。ここで練習しておいた方がいいのではありません? いざという時に下手だと、『若様』に失礼ですのよ?」
「「ほ、本当ですか?」」
「ええもちろん」
ものすごく神妙な顔でのたまう彼女に、二人は先程とは別の意味で青くなってきたようだ。互いになにやら考えた後、揃って首を立てに振った。
「「やります!」」
 
 
演台の三人を見ながらトゥスクルの皇に同情を含んだ眼で見られている男がいた。
グラァ達の言葉を借りれば「若様」である。
「オボロ、なんかすごいことになっているぞ……止めなくていいのか?」
「んなこと、俺が知るか! ……あいつらもあいつらだ、嫌なら止めればいいのに!」
「しかしなんか二人ともお前のことを見ているぞ? 周りの連中より気合が入っている気が……。もしかしてオボロ、妬いて……」
「あ、兄者! そんなこと、ありえるわけないだろ! それにあいつらは男だし……」
「じゃあなんでここにいるんだ?」
ハクオロの言うとおり、彼は何だかんだでこの場を動こうとしないのである。さっきから同じ場所を行ったり来たりしているし、ハクオロのツッコミであたふたしている。
「と、とにかく俺はこんな馬鹿げたことには付き合ってられん!」
そう言ってオボロが踵を返した時、演台の二人がゆっくりと動き始めた。初めは左右に時たま重なるように動き、次第にその速度を上げていく。素人目には、この段階で厳しいかもしれない。
「さぁそれでは、まずはここで皆さんにお聞きしますわ。ドリィさんはどちらですか? こちらの、私の左の方だと思う方はお手を上げてくださいませ」
まずはカルラが自分の左手にいる方を向いて問うた。会場のおよそ半分ほどの手が上がった。
「では、こちらの方がドリィさんだと思う方はお手を」
当然ながら残りの者達が手を上げた。どの顔も確信とは程遠いようだ。
一拍置いて、カルラが言った。
「あらあら初めから難しかったんですのね、正解は……」
カルラの右側の方から声が上がった。
「はい! 僕がドリィです」
途端に会場に悲鳴と歓喜の雄たけびがはびこる。
「はいはい、間違えた方はその場にお座りになってくださいまし」
どうやら初めの見立てとは裏腹に三分の二ほどが脱落したらしい。残った者達もほとんどが二人と馴染みの深い弓衆の兵だった。
弓衆はドリィとグラァが束ねる、文字通り弓を扱う集団である。戦線では最前で戦う歩兵や騎兵衆の援護に回り、相手の陣形を乱したり、退路を断つのに活躍している。
件の弓衆はまとまった一団をなしていた。そういえば、余興の初めからやたらとやかましい集団があったが、どうやら彼らであったらしい。一番前の男は「双子愛!」とか書かれた旗まで持っている。
「ドリィ様の口付けは俺が頂くぞー!」
「バカ野郎! そいつぁ俺のもんだ!」
「グラァ様〜! こっちを向いてくだされ〜」
普段の三倍くらい元気な集団である。
「さて、これでは一人になるまで時間がかかってしまいますわね……。それでは、二人とも、この白布で袴を覆ってくださいな」
どこから取り出したのかカルラが白布を二人に渡した。言われたとおりに袴を覆うと、二人を見分ける手段は無いに等しくなった。
再びシャッフルが始まった。実は今までの二人ならば、来ている袴を見ればどちらがそうであるかを見分けるのは意外と容易であった。が、今度はそれができない。さらに一度目とは違って縦横無尽に演台を動く二人に、観客達の口から諦めにも似た溜息が漏れる。
二度目のカルラの問いで残っていたのはわずか数人だった。どの者も自らの直感でしたか正解できないため無理はないのだが……。
「それではこれで最後ですわ。こちらがグラァさんだと思う方……」
偶然にも全員が手を上げた。
「それでは皆さんこちらがグラァさんで大丈夫ですわね?」
 
「そっちはドリィだ。カルラの左側がグラァだよ」
 
それは男の声だった。決して大声ではないが、よく通る声が世界を支配する。会場が水を打ったように静まり返った。演台の周りを囲む集団の後ろから声が聞こえたかと思うと、男達の輪を割って歩いてくる者がいる。
「「若様!?」」
「あら……帰ったんじゃありませんの?」
「う、うるさい! あんまりくだらないからさっさと終わらせたかったんだよ!」
「はいはいそれではそういうことにしておきますわ。ところで、結局貴方が優勝ですのよ? それでよろしくて、皆さん?」
オボロが後ろを振り向くと、悔しそうな男達が四人を囲んでいた。
「う、ううっ、しかたないっす……。敗者はただ去り行くのみ……」
「隊長なら、俺らも納得っす!」
「「「「ドリグラ万歳!!!」」」
勇敢な男達は散った(?)……。
今はもうただの……興味本位のギャラリーである。声高な口付けコールに優勝者の若大将もやっと現在の状況を理解したらしい。
目の前には頬を朱に染め、眼を閉じた二人。(ぶっちゃけ、可愛い……)
周囲は大歓声を上げる屈強な男供。(眼が怖い)
そして極めつけは、逃げないように肩をがっしりと掴むギリヤギナのアイツ。(百パーセント楽しんでる)
「「若様、失礼します……」」
「ま、待て、お前ら〜!」
二人の顔がどんどん大きくなっていく。その距離は三十……二十……そして……。
チュ……。
咄嗟に硬く結んだ唇には衝撃はこなかった。代わりに、両頬に未知の温かさを覚えた。今まで経験したこと無い柔らかな感触に驚くオボロ。眼前の今自分に触れていった二人も幸せそうに互いの手をとって喜んでいる。
「へへっ、やっぱり最初から唇は無理でした……」
「人前では恥ずかしい、かな……」
目の前の二人の恥じらいを見て、ようやく自分がされたことに気づく。
「っち……!」
ちょっとばかり我を忘れていたオボロの後ろから、つまらなさそうな舌打ちが聞こえた。
「おいカルラ……なんだその『っち!』ってのは?」
「何でもありませんわよ? 私はただ、周りの方々の気持ちを代弁しただけですわ」
「何?」
言われるまま辺りを見回すと、確かに、周囲からなんとも微妙な視線が送られている。どことなく失望の色が窺える。
部下達口々に言う。
「隊長……まぁ正直俺たちも進んでしてくれとは言いませんが……これはいくらなんでも中途半端ですぜ?」
「ええ。ここはやはり……」
「ああ、そうだな……」
心なしか周囲の輪が狭まった気がした。
「ちょ、待てお前ら……。おいカルラ、こいつらを……」
助けを求めるように後ろを振り返る。
だが……。
 
 
 
 
「カルラ貴様〜〜〜〜っ!!」
 
 
 
焚きつけた張本人がいつのまにか消えていた。
 
 
少しはなれたところでちびちびと杯を傾けていたカルラの元にハクオロがやってきた。
「カルラ、お前ああなることは予想してたんじゃないのか?」
広場では現在、壮絶な鬼ごっこ(?)が行われている。
すると飄々とした態度で彼女は答えた。
「まぁたまにはいいんではありません? あの三人、全然進展がないんですもの。お節介の虫が疼いてしまいますわ♪」
 
 
…………進展していいのか?