うたわれるものSS
       「寵愛」
「ふぁ……」辺りが暗闇で覆われ、禁裏の中に月の光が差し込んでいる。「すぅ…すぅ…すぅ…」ユズハの安らかな寝息を聞きながら、私は目覚めた。「そろそろだな……」徐々に外が明るくなってくるのを眺めながら、私は初日の出を待っていた。「ハクオロ様……」「……寝言か」どうやら、ユズハは私の夢を見ているらしい。「……私は幸せ者だな」愛しい者が、ユズハが私の傍に居てくれる……これ以上の幸せはない。そんな事を考えながらユズハの寝顔に見惚れていると、ふと、ユズハの耳が目に入った。「……はむっ」ユズハの耳を見ているうちに、何ともいえない衝動に駆られ、私はユズハの耳を甘咬みしてしまった。「あ……」ユズハが気持良さそうな声を出す。そんなユズハの声をもっと聞きたくて、私は甘噛みを続ける。「ん……ハクオロ様?」「おはよう、ユズハ」「おはようございます」私はユズハに挨拶を交わすと、ユズハを抱きしめ、口づけをする。「あ……」口づけが終わると、ユズハは少し寂しそうな顔をする。そんなユズハが愛おしくて、私はユズハを抱きしめる。「ハクオロ様……」ユズハは私の胸に頬を摺り寄せるように顔をうずめる。「ハクオロ様の匂い……とっても…いいにおい……」「そうか……」私はユズハの頭を軽く撫でると、ユズハは気持良さそうに目を細めた。「さて、そろそろ行くか」「はい」私とユズハは禁裏を後に、大浴場へと向かった。
「ユズハ、寒くはないか?」「はい……大丈夫です」肌寒い季節、ユズハと一緒に布団の中で暖まっていても、大浴場に着く頃には身体は冷え切ってしまった。私は手早く着物を脱ぐと、ユズハの着物を脱がし始める。しかし、手鎖が邪魔で、私もユズハも途中までしか脱げない。私とユズハは、ベナウィにより私は左手、ユズハは右手を手鎖で繋がれているため、何処へ行くにも一緒に行かなければならない。もっとも、私もユズハも互いに傍に居る事には、まったく問題ない。私はユズハが好きだし、ユズハも私の事が好きだといってくれたからだ。当分、このままでもいいと思うくらいに、私たちは愛し合っていた。そのため、手鎖は余り意味が無く、風呂に入るときに邪魔なだけである。「よっと」とりあえず脱げる所まで脱いだ後、私はユズハを抱きかかえる。「あ……」ユズハから可愛らしい声が漏れる。「ハクオロ様……あったかい」「ユズハも……あったかいぞ」抱きかかえたユズハの温もりを感じながら、私は風呂に入った。
「いい湯だな」「……はい」ユズハとの朝風呂……。愛しい者と入る風呂……。鳥の囀りを聞き、草の香りを楽しみ、風の嘶きを感じる。……そんな穏やかな時間……。私はユズハとの朝風呂が好きだった。「さて、そろそろ出るか」「はい」いつまでもこうして湯に浸かっていたいのだが、そういうわけにもいかない。今日はみんなと初日の出を見るという約束がある。ユズハの身体を洗い、ユズハに身体を洗ってもらうと、濡れた着物を絞って乾かし、私とユズハは大浴場を後にベナウィの部屋へと向かった。
「おはようございます、聖上、ユズハ殿」「ああ、おはようベナウィ」「おはようございます」まだ明朝だというのに、ベナウィは起きていた。もっとも、毎朝ユズハと一緒に部屋に行けば、ベナウィじゃなくても起きているかもしれないが……。「ユズハ殿、右手をこちらに」そんな事を考えているうちに、ベナウィはユズハの右手に付いている手鎖を外した。私は濡れた着物を外すと、着衣の乱れを整える。ユズハは私の着物を着ているので、少し大きいが問題ないようだ。私たちが着物の乱れを整えると、ベナウィは再び私とユズハに手鎖を付ける。手鎖といっても、ベナウィがチキナロに頼んで創ってもらった特注品で、軽く、それでいて耐久性は高い。見事な装飾も施されているし、大きさも、私とユズハに合うように創られている。そのため、一目見ただけでは手鎖には見えないだろう。これは、私たちが町に行けるようにとベナウィが考慮してくれた事だった。「では聖上、お先に失礼します」私たちに手鎖を付けた後、ベナウィはそう言って部屋から出て行ってしまった。もしかしたら、私たちに気を使ってくれたのかもしれない……。ありがとう、ベナウィ。……でも、もう少し政務の量は減らしてくれ……。「そろそろ行くか」「……はい」私がユズハの手を握ろうとしたその時、外から冷たい風が吹いてきた。「おっと」私はとっさにユズハが寒くないように抱きしめる。「あ……」抱きしめたユズハの温もりが伝わってくる。「大丈夫か? ユズハ」「はい……ハクオロ様が居たから……」そう言って微笑むユズハが何とも愛おしい。……今オボロが来たら、私の顔が赤いと言われるだろうな……。「あの、ハクオロ様……」「なんだい、ユズハ?」「……もう少しだけ……このままでいてくれませんか……?」「ああ……わかった」私たちは風が鳴り止んだ後も、しばらくの間抱き合っていた。
「遅いぞ、兄者」私とユズハを待っていたのだろう。渡り廊下で出会ったオボロは寒いのか、やたらと手をこすり合わせている。そんなオボロの横には、ドリィとグラァの姿が見えない。……珍しい事もあるもんだ。「兄者、もう少し早く来てくれ。危うく凍死するところだったぞ」「ああ、すまない。ユズハと朝風呂に入っていたもんだから……つい」「そ、そうか。ならいいんだ……」「お兄様、おはようございます」「おはようユズハ、兄者とうまくやっているかい?」「はい、ユズハはとっても幸せです」「そうか……」昔のオボロなら、私とユズハが一緒に風呂に入ったなんていった日には、声にならない叫びをあげているか、固まっていただろう。だが、今のオボロは、ユズハが私と一緒に居る事を心から喜んでいる。私には、それが嬉しかった。ユズハもそんなオボロが大好きなのだろう。「そういえば兄者、もうそろそろ行ったほうが良いんじゃないか?」「それもそうだな。行こうか、ユズハ」「はい」私はユズハの手を取り、歩き出した。
「……よかったな、ユズハ…兄者と幸せにな……」「どうした、オボロ? 置いていくぞ」「ああ、今行く」……ありがとう、兄者……ユズハを頼むぞ。幸せそうなユズハの姿を見て、オボロは心からハクオロに礼をいった。
「よし、間に合ったな」月夜の星空がだんだんと明るみをましてきている。もう少しすればさらに明るくなり、やがて太陽が顔を出すであろう。私とユズハ、それにオボロがみんなと約束した場所へ着いたのは、そんな時だった。「お、総大将、今到着ですかい?」他に誰も居ないのでもしかしたら私たちが一番だと思ったのだが、どうやらクロウが一番乗りだったらしい。「いや〜俺が一番に着いたのはいいんですが、他に誰も居ないもんだから、もしかしたら場所を間違えたんじゃあないかと思いやしたよ」そう言ってクロウは豪快に笑ってみせる。「なんだ、お前が一番乗りだったのか」「お、若大将もいたのか。これで一人寂しく酒をちびちび呑まなくて済むってもんだ」そう言ってオボロに杯を渡す。「まて、俺は呑むなんて言ってないぞ」「ま、そう言うなって。一人で呑むのにも飽きた所だし。みんなで呑んだほうが楽しいだろ」「……それもそうだな」「だろ?」そう言ってオボロはクロウと呑み始めてしまった。初日の出を待ちながら酒を呑む……クロウらしい。「兄者も呑むか?」「いや、遠慮しとくよ」オボロ達と呑むのもいいが、ユズハに出来上がった姿を見せたくないからな。「若大将、今の総大将に酒を勧めるのは野暮ってもんですぜ」「そ、そうなのか?」……オボロ……鈍いな。「まあ、とりあえず呑もうぜ」「あ、ああ」そう言って二人は酒盛りを始めてしまう。「ユズハ、寒くはないか?」「はい……」「そうか……でも、温かくした方がいいからな」そう言って私はユズハを傍に抱き寄せる。「ハクオロ様……?」「こうすれば、寒くないだろう?」「はい……とっても……暖かいです」私たちは身を寄せ合いながら、だんだんと薄れていく夜空を眺めていた。
「ハクオロさ〜ん」そろそろ夜が明けるという時に、エルルゥたちがやってきた。「おと〜さ〜ん」「おじ様〜ユズッち〜」私たち目がけてアルルゥとカミュが走ってきた。「おはよう、おじ様、ユズッち」「おはよ〜」カミュと違い、アルルゥはまだ眠いのか、何処か眠たげだ。「おはよう、カミュ、アルルゥ」「おはよう、アルちゃん、カミュちー」「おはよう、ユズッち」朝早くだというのに、元気な娘たちだな。「おと〜さん、なでなでする〜」「ん? ああ、ほら」なでなで「んふ〜」……まったく、かわいいものだな。「あ……」私がアルルゥを撫でていると、ユズハが少しさびしそうな顔をする。「どうした、ユズハ?」「いえ……アルちゃんが…少し、羨ましいです……」ユズハ……。私は、幸せ者だな……。こんなにもユズハに愛されているのだから……。「ユズハ、おいで」「あ……」なでなで「ハクオロ様……」「いいな〜ユズッち」「ん、でもユズッちならアルルゥも嬉しい」「そうだね」「おはようございます、ハクオロさん……ユズハちゃん」エルルゥがいつもの様に、しかしその眼はユズハをはっきりと捉えたまま挨拶をしてきた。「ああ……おはよう、エルルゥ」「エルルゥ様、おはようございます」……なんだか、エルルゥのユズハを見る目がだんだん怖くなっている気がするのだが……気のせいだろう……多分。「聖上、おはようございます」「ベナウィ、いったいどこに行ってたんだ?」「少し、やり残した事がありましたので、それを終わらせてきました」「そうか」……まったく、ベナウィらしい。「それと、少し、チキナロに頼みごともありましたしね」「チキナロに? ベナウィ、いったい何を……」「あるじ様〜」ぼふっ。ベナウィとの話の途中、いきなりカルラがのしかかってくる。「ぬわ!? カルラ、乗っかるな」「そんなこと言わないでくださいな♪」「そ、そうはいってもだな……お、重い」「……何か、いいまして?」「いえ、なんでもありません」「カルラ殿、お戯れはそれくらいにしてくだされ」「ト、トウカか。おはよう」「おはようございます聖上」相変わらず硬いというか、礼儀正しいな。もう少し、楽にしてもいいと思うのだが……。「カルラ殿、いい加減にして、聖上から離れろ!」「あら〜もしかして……妬いてるんですの?」「な? なななな、そ、そんなことはない。ただ、その……それでは聖上が辛そうだから……その……」トウカ……遊ばれてるぞ……。「「若様どうぞ」」「お、悪いな」「「いえいえ」」いつの間にかやってきたドリィとグラァがオボロに酒を注いでいる。「姫様、初日の出にはまだ時間があります。ですから、今のうちにお勉強を……」「え〜やだ〜そんなのしたくない〜」「そんな事では立派な姫君には成れませぬぞ」「いこ、アルちゃん」「ん、ムックル」「ヴォフ」「ひ、姫さま〜」「あらあら、カミュッたら……ハクオロ様、おはようございます」「ああ。おはよう、ウルト。元気な子達だな」「ええ……本当に」そう言って微笑むウルトは、どこか嬉しそうだった。「おいおい……もう終わりか? だらしねぇなあ」「くっ……」さっきから何をしているのかと思えば、どうやらクロウとオボロは呑み比べをしていたらしい。あの様子だとオボロが押されているようだ。「どうやら、俺の勝ちみたいだな」「……まだだ、まだいけるぞ」「そうこなくっちゃな」「「若様、頑張ってください」」なにやら、異様な輝きに満ちた眼でドリィとグラァがオボロを応援している。「オボロ、程ほどにな」「ああ、わかってる」そう言ったものの、オボロはかなり辛そうだ。……本当に大丈夫かな……。その後もオボロとクロウの呑み比べは続き、結局カルラが乱入し、勝負は引き分けに終わったらしい。「ひ、ひ〜め〜さ〜ま〜」「あはは、ムントはもう歳なんだからあんまり無理しない方がいいよ〜」「ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…ま、まだまだ、姫様が……立派になるまで、ゲホッ、ゲホッ…ムントは現役ですぞ〜」「ここまでおいで〜」「姫さま〜」ムント……頑張れ。その後も、ふらふらになるまで呑んだオボロを、ドリィとグラァが期待に満ちた眼差しで見つめていたり、とうとうムントにつかまったカミュが長々と説教をされたり、カルラになにを言われたのか、顔を赤くしているトウカや、しきりにエルルゥがこっちを見ては壮絶な笑みを浮かべてくるのを見て、アルルゥが、「エルンガー」と言って、何かが切れる音がしたエルルゥに追いかけられたりと、朝だというのに、まるで宴のような光景が繰り広げられていった。
そして、ついに夜が明け始めた。「どうやら、皆さん揃いましたね」「ああ、何とか間に合ったようだ」「そうだ、せっかくだから皆で何か願い事をしようよ」「お、そりゃあいいねぇ」「おもしろそうですわね」「ええっと……某は何を願おうかな」「あら、あるじ様のことを頼めばいいんじゃないの?」……ぼぼっ。「カ、カルラ殿〜」「あらら、赤くなっちゃって」カミュの提案に、皆がそれぞれ願い事を考え始める。
「胸が大きくなりますように、胸が大きくなりますように、胸が大きくなりますように……ハクオロさんと……うふ、うふふふ」「アルちゃん達といっぱい遊べますように……」(皆が幸せでありますように……)(あるじ様と……)「楽しく過ごせますようにと……あと、上手い酒も呑めますように」(民が安心して暮らせる世が来ますように……聖上がユズハ殿と一緒に、今以上に政務に励んでくれますように……)「某もゲンジマル殿のように成れますように……そ、それから、せ、聖上と……」「おね〜ちゃんみたいに(かわいそうに)なりたくない……ユズッちがおと〜さんとずっと仲良し……」「姫様が立派になられますように……」(ユズハが兄者といつまでも幸せでいられるように……カルラやベナウィに勝てるように……)((若様の願いが叶いますように……兄者様の願い事も叶いますように……ユズハ様が兄者様と……今以上に若様と……ふふっ))みんな真剣に祈っているな……。さて、私は何を願おうかな……。といっても、こういうときに限って、なかなか願い事が思いつかない……。私が望んでいる事……そうか、私の望んでいる事は……。それならば、私の願いは……。
「さてと、願い事もすんだし、どうするかねぇ」「おい、クロウ、ベナウィ、やる事がないなら少し付き合え」「いいでしょう」「ほんじゃ、飯の前に軽く流すとするか」「「若様、僕達も」」「ウルトリィさん、食事の手伝いを頼めますか?」「はい」「それじゃあアルちゃん、行こ」「姫さま、どこへ行くのですか? まだ書き取りが終わってませんぞ」「ア、アルちゃ〜ん」「ムックル、行こ」「あ、アルちゃ〜ん、おいてかないで〜」「さあ、姫さま、まずはこの字からですぞ」「うぅ、やだな〜」「カルラ殿、某と手合わせ願えぬか?」「あら、いいですわね」私が願い事を終えたときには、皆がそれぞれの行動に移っていった。「じゃあな、兄者、ユズハ」最後にオボロが出て行ってしまうと、私とユズハだけになってしまった。
「さてと、私たちも戻るか」「はい」私はユズハの手を取り、部屋に戻ろうとする。「あの……ハクオロ様、ハクオロ様は何をお願いしたのですか?」部屋に戻る途中でユズハが聞いてきた。「私か? 私は、ユズハと幸せでありますように……それと、ユズハの願いが叶いますように。私が一番大切なのは、ユズハなのだから……」「ハクオロ様……」「ユズハは、何をお願いしたんだい?」「……ユズハも同じです……ハクオロ様と幸せに……ハクオロ様の願いが叶いますように……そう、お願いました」「……ありがとう、ユズハ」そう言って私はユズハの頭を撫でる。「ハクオロ様……朝にユズハの耳を……」「ああ、あれは一種の愛情表現だよ」「愛情表現?」「ああ、ユズハが好きだから……ユズハと一緒に居たいからだよ」「……ハクオロ様」「なんだい、ユズ……」私の言葉は最後まで続かなかった。ユズハが私の口を占領したからだ。……一瞬、何も考えられなくなる。ただ、ユズハのなすがままになってしまう。「……ユズハ?」「……ユズハもハクオロ様が好き……」そう言って顔を赤めるユズハが愛おしくて、私はユズハを抱きしめ、そして、口づけをする「ん……」私がユズハを抱きしめると、ユズハも私に抱きついてくる。「はふ……」ユズハの唇から漏れる吐息。「ハクオロ様……」少し熱を帯びた目で、ユズハが私を見つめる。「さて、それじゃあ禁裏に行くか」「え?」「このままだと、ここでユズハに口では言えない可愛らしい事をしてしまいそうだからな」そう言ってユズハを抱き上げる。「あ……」「行こうか、ユズハ」「……はい」ユズハが私の胸に嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。「……ハクオロ様の匂い……とっても、いいにおい……」「そうか……ユズハもいいにおいだぞ」「とっても……とってもいいにおい……しあわせの…香り……」「ユズハ……これからも、頼むぞ」「……はい」私たちは、互いに抱き合いながら口づけを交わした。……愛しいものの存在を確かめ合うように……。
「いいな〜ユズハ様。兄者様とあんなに愛し合えるなんて」「そうだね〜でもドリィ、ユズハ様が兄者様と婚約したら、兄者様と若様はもっと仲良くなるんじゃないかな」「そうだねグラァ。しかも、そうすれば今までよりもっと若様と……」「そうだね、兄者様とユズハ様も喜んでくれるしね」「「……若様、まっててください……ふふっ」」