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『 前略    さがさないでください    河野 貴明』

 




 

 

 

 

「さて、貴明。……馬鹿かお前」

「会って早々それか」

「それ以外に無いだろ。部屋覗いたら机の上に妙な書置きが置いてあるし。探しにいったその一発目で見つかるようなところに居るし」

「まぁ、……それは、反省だな」

「普通書置きに『前略』ってつけるか? しかも内容は『さがさないでください』。ひらがなだけしか使ってない文。ご丁寧に名前まで添えて」

「うるさいな、俺だって気が動転してたんだよ」

クーラーを全快にした室内。河野家の外から蝉時雨がうるさいくらい届いてくるが、それも夏の風物詩。風情ある夏の一コマではあるけど、さすがに不快な暑さまで体感したくは無い。

都合の良い夏だけを受け入れるべく、文明の利器をフル活用。設定温度は当然最低。しばらく使用していなかった為に若干ほこりくさい風だけど、背に腹は変えられない。今はこの体に悪い冷風を心行くまで味わいたかった。

幸いこまめに掃除しに帰っているから床にほこりは溜まっていなかった。掃除は俺じゃなくてタマ姉がしろっていうからしているだけなんだけど。

雄二はだらしなくソファに体を預けている。

……そう、にやにやとした笑みを携えて。

暑さで頭をやられてしまったのだろうか。可哀想に。合掌。

「こら、聞こえてんぞ」

「そんなことはどうでもいい。それより、早く帰ったらどうなんだ。一緒にいたらバレるじゃないか」

「姉貴にか? 無駄無駄。何処に行ったって間違いなく見つかるって」

「……別に、逃げたいわけじゃないんだ。ただ、ちょっと頭を冷やしたい」

「それで体も一緒に涼ませようとクーラー独り占めか?」

あー、きもちいー、と気の抜けた声。

全く、仕方ない。本当は一人で考えたかったんだけど、雄二はここから動きそうにないし。

向坂の家にはクーラー使えないからな。

折角持っていてもタマ姉が苦手だから使用を制限されて、しかも雄二の部屋のクーラーは故障中。扇風機はクーラー嫌いのタマ姉の所持品だし、雄二の手元には新しい冷房器具を取り入れる金も無い。

「さて、さくさく進もうじゃないか。レッツ未成年の主張」

「ここは学校の屋上じゃないし。ネタが古い」

「細かいことは気にすんな」

可哀想な雄二。タマ姉が帰ってきてからはテレビにまで制限を付けられていて、生活習慣の根本から変えられてしまった。お陰で深夜番組どころか夜のバラエティまでネタが仕入れられないなんて……。

「声にでてるって。つーか、お前も今は同じ生活してるだろ」

「半ば強制的にな」

そう、今この河野家は誰も住んでいない無人の空き家だ。

今から少し前に遡る。夏休みの花火大会。あの日タマ姉の策略で、強制的に向坂家に引越しさせられて以来、俺は生活を向坂家で送ることになった。

お陰で春から続いた一人きりの城とは別れを告げてしまった訳だけど、どうせ空き家なら賃貸した方が儲かるような気もするな。構造設計ミスも無く、耐震強度ばっちりの優良物件だ。検査したこと無いけど。

家の管理自体は、俺が掃除しに来たりたまに春夏さんが来てくれたりするから何の問題も無い。

「……で、それが原因か?」

「何の」

「い・え・で」

「……まぁ、それもあるけど」

そう。俺は書きおきを残して家出した。

家出って言っても別にタマ姉と決別したんじゃなくて、単に少し色々なことを整理したかっただけなんだけど。当然整理がついたら戻るつもりだった。

「そりゃ逃げたくもなるさ。俺なら五度は死んでるね」

そう。ただ一緒に暮らす―――同棲じゃない、同居だ―――なら問題ない。

一番頭が痛いのは、勉強について。

タマ姉は俺にあわせて早くも浪人することを宣言した。全国の受験生を敵に回すような発言だけど、タマ姉は浪人してから九条院に戻るという計画を立てている。浪人しても大丈夫な内定を貰ってるらしいけど、それってどんな約束なのか。よく考えてみたらそれって裏口じゃないのか?

まぁ、タマ姉は頭が良いし、どうせ試験も合格するだろうから、文句を言う人間はいないだろう。

……問題は。

それに付属した条件の方だったりする。タマ姉の人生設計には早くも俺が九条院に合格して一緒に通うことまで明記されているらしい。タマ姉的に確定的な未来らしいけど、正直それは難しい。

九条院の大学が特例で認めている男子生徒は、特例だけあってそれだけ優秀じゃないと認められない。

タマ姉の言葉を借りれば東大クラス。……参考までに、ウチの高校から東大に行った人の話は聞いたことが無い。まぁ、『マッチ一本からロケット開発まで』の来栖川グループのお嬢様やHMXシリーズが居たりしたこともあったけど。

そんな東大一直線に狙えるほどパーぺキ(死語)な頭は持っていないし、女の子と一つ屋根の下で勉強を教えて貰いながら過ごす日々を送るのは嬉しいけど、行く約束をしたのは東大じゃなくて九条院。

兎に角、今の学力じゃ到底無理な訳でして、それを可能にする為に二年生の夏から受験勉強を始めるという、或る意味地獄の生活が始まったのだ。

そりゃあ、最初はタマ姉と一緒に過ごす毎日に期待もしてたさ。

でも、タマ姉は勉強に関しては厳しい。俺達の未来が懸かってるとはいえ、あれだけスパルタにされては体が持たない。今日まではまるでセンター間近の浪人生のようなペースでの勉強を強いられた。

「……俺も九条院に入りたいけど、さすがに毎日これだと死んでしまう」

「そりゃそうだ。姉貴は自分が出来ると他人もできるって思ってるに違いないからな」

タマ姉はそれでも優しい。合間に休憩を挟んでは労わってくれるし、恋人としての時間だって前に比べたら増えた。

……でも、さ。それでもキツイものはキツイ。

「だからって、逃げないでくれよ」

「それを雄二には言われたくないな。覚えてるぞ、俺が向坂の家に引っ越してきたときの喜びよう。身代わりが来た、って」

「だから逃げるな。逃げたらまた姉貴の餌食になるのは俺じゃないか」

「……正直、俺が引っ越してからも犠牲になってるのって大半が雄二じゃないか?」

その疑問に雄二は腕を組んで回想する。

しばし、沈黙。

「―――確かに」

「だろ? それじゃあ問題ないじゃないか。先に帰って良いよ。別にしばらくしたら帰ると思うし」

「いやいやいや。巻き添えが増えればそれで良い。二人なら喜びは二倍、悲しみは二分の一じゃないか」

なんて迷惑な理論だ。

「兎に角、家出なんて馬鹿なことはさっさとやめて、現実を見ろって。あの姉貴に惚れたのは尊敬するが、だったらそれに付いてくる現実も受け入れろ」

「別に拒んでないし。ただ、ゆっくりして頭をリフレッシュさせたいだけだ」

そんなことができるのは今のうちだ。

今日の朝からタマ姉は親族の寄り合いに出かけていて、明日の午後までは帰ってこない。だから今のうちに気分転換を図ってしまえば、上手く行けばタマ姉が帰ってくるまでに何事も無かったかのように元に戻れるかもしれない。

家出なんて馬鹿なことしてタマ姉に心配を掛けたくない。パンクしそうな頭を処理したいだけで、別にタマ姉が嫌いになった訳でもタマ姉を困らせたいわけでもないんだからさ。

「そう、それだ」

「それって、何がさ」

「リフレッシュだよ。無二の親友として、お前に良い方法を教えてやろう」

「……一応聞いておく」

雄二はソファに腰を静めたまま指を差し出す。

そして立てた指をそのまま顔の前へともって行き―――。

「……女、だ」

「……はぁ」

「ため息なんて吐くな。俺は本気だぞ?」

ピン、と天を指した小指を左右に振る。

恋人、って。

それ、俺だとタマ姉だぞ。

タマ姉に相談しろってことか?

「違う。あんな凶暴な生物のことじゃなくて、そう、もっと癒しを与えてくれる存在だ」

「『癒し』ねぇ……」

「そうだ、貴明。お前は日々の生活に疲れ果ててるに違いない。そこで女だ。疲れた心を癒してくれる女性こそ、今のお前に相応しい! 心から渇望する真の楽園! 心のオアシス!」

拳を振り上げて力説する。始めは雑談だったのに、自分で話しているうちに熱が篭ってきたのだろう。本格的に修理にだしたほうがいいだろうか。

珊瑚ちゃんに頼めば無料で分解・メンテナンスしてくれるだろうか?

嬉々として改造してくれるかもしれないな。俺のPCと同じ扱いなら、三倍強く、三倍早くできるだろう。カラーリングは勿論赤。……そういえば雄二の髪って赤みがかっている。

三倍の強さ、頭の回転はタマ姉だ。雄二には三倍馬鹿が持ってかれたのだろう。

そんな俺の思いを知るはずも無く、雄二は俺の肩を掴んで揺さぶる。

「さあ、そんなお前にお薦めしたいものがあるんだ」

雄二は持っていたバッグをなにやらあさり始める。

「そう、貴明。お前に究極の癒しを与えてくれるのはこれだっ! 緒方理奈写真集―――」

「却下」

「何でだ!? あれだけ言ってもまだ分からないのか!? 緒方理奈はなぁ、」

「ファンなんだからそりゃ雄二は癒されるかもしれないけど、俺は別に緒方理奈のファンじゃ無いから」

「……それじゃあ、誰のファンなんだ? 森川由綺か?」

「いや、アイドルとかは……」

正直テレビを見ていても、雄二みたいにファンになってしまう気持ちというのがよく分からない。アイドルはアイドルで、そんなに肩入れするような存在じゃないと思うんだけど。

雄二は腕を組んで唸っていたが、再度口を開く。

「それじゃ、メイドロボはどうだ?」

「メイドロボ、ねぇ」

「メイドロボは凄いぞ? 掃除洗濯料理と家事は万能。カワイイし、昔ウチの学校に居た来栖川の試作機は心も持ってたって言うしな」

心を持ったメイドロボ、か。そういえばイルファさんも心を持っている。人間と同じように戸惑ったり、嬉しかったら笑ったり。そういうことができる『友だち』だと珊瑚ちゃんはいっていた。

「なあ、雄二」

「何だよ?」

「タマ姉、どう思う?」

「どうって……」

「家事は何でも出来る。モデル並みのスタイル。オマケに心もあるぞ。これって雄二の理想どおりじゃないか」

「ちっがーうっ! いいか、貴明? あれには『尽くす心』が無さ過ぎる」

タマ姉は何だかんだ言って優しいと思うけど。子供のときは、まぁ恐ろしい存在だったけど、今のタマ姉は面倒見の良いお姉さんだと思う。

悪さをすればそれなりに怒られるのは当然じゃないか。

「想像してみろ、貴明。お前の周りにメイドロボが居る生活を」

想像してみろ、か。

俺は瞼を閉じてメイドロボを想い浮かべる。

心を持ったメイドロボ。俺の知り合いで言えばイルファさんだろうか。

そういえばイルファさんはクマ吉を妹だって言ってたな。

 

 

 

「ほーら、思い浮かべてみろ。まず朝だ。起きるときはそっと優しく起こしてくれる彼女」

雄二の言葉にそったシチュエーションを思い浮かべる。

朝日の差し込む俺の部屋。太陽の光が照らす顔が暖かい。半分起きていて半分夢の中。そんなまどろみの世界をもっと感じていたくて、俺は布団を目深に被ってベッドに潜り込む。

そんな俺を誰かが優しく揺すって起こしてくれる。

―――ううん、あと少し。あと少しだけ。

僅かばかりの抵抗を続けていると、仕方が無いなぁ、というように体の揺れが止まった。

一旦覚めかけた夢から再びまどろみの世界へ。頭の片隅で今起こしてくれた彼女に小さく謝った。

そして今度は頭に直接揺れが襲う。

―――御願い、あと少し寝かせて。

今度は中々止まらない。それどころかどんどん強くなって……。いたッ、痛い!?

慌てて布団から這いずり出ると、ポフン、と何かがベッドに落ちる音。重い瞼をこじ開けて枕元を見た。

―――そこに居たのは、怒ったような顔をした、クマ吉。

さっきの痛みはクマ吉が頭の上で飛び跳ねたのか。クマ吉は「降りてこい」と言わんばかりに階下を指差すと、そのまま部屋を出て行った。

「次は朝食。美味しそうな匂いがお前の鼻腔をくすぐる」

リビングに降りると、台所から美味しそうな匂い。顔を覗かせると、システムキッチンの上に登ったクマ吉が身の丈ほどのフライパンを器用に操って料理をしていた。

少し危なっかしいけどこれもいつもの光景。

しばらくテーブル椅子に腰掛けて呆けていると、パジャマの裾をくいっ、と引かれる、そちらに視線を転ずれば、頭に皿を乗っけたクマ吉が待っていた。

―――お疲れ様。

そう言葉を掛けると、「どうだ」といわんばかりに胸をはる。そのまま器用に椅子を伝ってよじ登ると、頭の上の定位置を確保する。

「口元についてしまったケチャップなんかも見逃さずに拭ってくれる。これが奉仕の心ってやつだ」

食事をしていると、クマ吉がテーブルの上に飛び降りた。どうしたのか、と不思議に思って視線で後を追うと、クマ吉は置かれていたナプキンを持ってきた。その可愛らしい手でケチャップを指差す。

ナプキンを手にとって口元に当てると、どうやらケチャップがついていたようだ。

―――ありがとう。

クマ吉は誇らしげに俺を見上げていた。

 

 

 

目を開ける。そこは見慣れた河野家のリビング。

目の前では雄二が親指を立てて突き出していた。

「どうだ、グッとくるだろ?」

「いや、全然。和んだけどさ」

「何でだ!? メイドロボの素晴しさが何で分からないんだ!」

はて。

メイドロボが悪いのではないことは確かだ。

想像したのがクマ吉だったのが悪かったのだろうか。

でも、イルファさんもクマ吉、ミルファっていったっけ、彼女がメイドロボだって言ってたし、本当の体も研究所にあるんだよな。

それで想像していたら、もしかしたら多少は雄二の気持ちも分かったかもしれない。ただ、もう一度想像しなおすのも面倒だからしないけど。

雄二は頭を抱えて何故だ、何故なんだと呟いている。完全に危ない人だ。

……まぁ、雄二が俺の為に考えてくれているのは分かるし、その好意だけは素直に受け取っておこう。

ふと見ると、頭を抱えていたはずの雄二がこっちをみながらにやついた笑みを浮かべている。

「いや、しかし……」

「何だよ危ない人」

「誰がだ。……まぁ、そんなことは置いといて、だ。お前、本当に姉貴の虜になっちまったんだな」

俺が、タマ姉の?

……確かにそうかもしれない。俺が女の子を見る基準が、気がついたときには既にタマ姉になってるんだよな。これって別に悪いことじゃない。だって、俺はタマ姉と付き合ってるんだから。

ただ、雄二にとってはそれは悪い兆候らしい。

「駄目だ貴明、冷静になれ! ……こうなったら、最終手段だ」

「何のだよ……」

俺の呟きは燃えてしまっている雄二には届かなかった。なぜか一抹の不安が脳裏を過ぎった。

 

 

 

 

 

炎天下。アスファルトの上は焼けそうに熱い。実際はそれほどでもないのかもしれないが、ついさっきまで冷房の効いていた部屋に閉じこもっていたのだ。

そこから最も熱気溢れる駅前に移動したのだ。体感温度は四十度越え。

そんな中で、雄二は元気に燃えていた。

「こうなったら、コレしかないな」

「一応聞いておく。……コレってなんだ」

「決まってるだろ?」

そういって雄二はそれを指差した。

暑さから解放的な服装になる時期。夏休みという学生最大の休暇も手伝って、駅前には露出の多い格好をした女の子が数多く歩いている。

「ナンパだ!」

「俺は何をどうしたらこんな結論に至るのか不思議で仕方がないよ」

「いいか、貴明」

無視ですか。

「夏は開放的な季節だ。見ろ! あの普段見られない肌の面積! 服装とともに気分も開放的な彼女たちは、ひと夏の物語を求めて甘い誘いに心惹かれるに違いない!」

それがどうしたのか。

確か初めは俺の心のリフレッシュが目的だったはずなのに。気がつけば雄二の行動に巻き込まれていた。

「さあ、いくぞ貴明。まずは見本を見せてやる」

誰にしようかな、と失礼にも物色を始める雄二。右へ左へと視線を走らせていたが、やがて一人の女の子に狙いを定めたらしい。

「おっ、あの子はイイな。白いワンピース。他の子と比べて露出が抑え目で清楚なのがポイント高い」

開放的な女の子が目的じゃなかったのか。そもそもそんな清楚な女の子が誘いにのるはずが無い。

やめとけ、という言葉を発する前に雄二はそちらに近寄り始めていた。

俺はため息を吐いて雄二の後を追う。

「やあ、君。ちょっといいかな?」

くるりと、女性が振り返る。

腰丈の長髪がサラサラと流れる。そこだけが夏の暑さを忘れてしまったような、そんな印象。

清楚な服装とくっきりと浮かび上がるプロポーションの対比が、見るものを惹きつける魅力を持っていた。

整った顔立ち。微笑を携えた口元。そしてその切れ長の瞳に宿る光は、―――冷たい。

そう。

それはどこからどうみても、タマ姉だ。

「あら、何かしら」

「いやぁ、君みたいに綺麗な人が佇んでいたら、声を掛けるのが礼儀ってものさ」

キザったらしく片手で髪を掻き揚げて、視線は斜め下に固定。

……うわぁ、古臭いセリフだ。

というか雄二、気がついてないのかな? そういえば後姿を見て追いかけてっただけで、タマ姉が振り返ってからタマ姉を見てないんだよな。シャイな性格を演出してるんだろうか。

タマ姉、こめかみが引きつってるよ……。

「どうかな、よかったら一緒に食事でも―――」

「ええ、嬉しいわ」

即答。思いもよらなかった返答だったのか、雄二は自己設定も忘れて顔を跳ね上げる。瞬間、正面からタマ姉と目が合う。

「え、本当かい痛い痛い痛い痛いッ!?」

「……そうね、地獄のフルコースを味合わせてあげるわ、雄二」

「アダダダダダダダダ、痛い痛いってマジで! 割れる割れる割れる!?」

しっかりと極まって雄二の抵抗も虚しくアイアンクローから逃れることはできない。むしろ体を揺らすことで余計に指が食い込んで痛みは倍増。自業自得だ。

「どこの誰がこんなくだらないことをするのかと思ったけど……仮にも向坂の人間が、体面ってものを考えなさい!」

「アアアアアアアアッ、つーか、何で姉貴が!?」

「急に寄合いが中止になって、帰ってきたのよ!」

それ以上雄二が喋る暇は与えて貰えなかった。

タマ姉はアイアンクローのまま雄二を持ち上げ、そのまま地面に向かって叩きつける。ズボッ、と雄二の頭が街路樹の植え込みの腐葉土に突き刺さる。

……いくらタマ姉でもコンクリートに叩きつけるようなことはしなかった。そんなことをしたらいくら雄二でも死んでしまう。当の雄二はダーツの矢のように地面に突き刺さって動かない。シュールだ。

「さて……どういうことなのか、しっかり教えて貰うわよ?」

物陰に隠れていたはずなのに、タマ姉の眼差しは間違いなく俺を射抜いている。顔は笑っているけど、声はやけに冷たい。

……あぁ、これからどうなってしまうんだろう、俺。

 

 

 

 

 

 

「……というわけです」

「―――なるほどね」

結局。俺はこれまでの経緯を洗いざらい吐かされた。当然家出を企てたことも含めてだ。これ以上は絞られても出てこない。というか、そもそも事をややこしくしたのは雄二であって、俺はただ巻き込まれただけだと主張してみる。

「つまり、タカ坊を利用して雄二が悪事を企てたってことで良いのかしら?」

「おっしゃる通りで」

ここは駅前のオープンカフェ。タマ姉の相貌が原因で道行く男供の好奇の視線が突き刺さるが、こっちはそんな状況じゃない。命が掛かってるんだ。

幸いにも人目があるからか、タマ姉が武力行使に出ることは無かった。とはいえ下手をすればその平和条約もいつ破られるのか知れたもんじゃない。

因みに雄二のその後は知らない。

先を促すタマ姉の圧力には勝てませんでした。もしかしたら未だに奇妙なオブジェとして駅前に突き刺さっているかもしれないけど。

「……まあ、タカ坊は何もしてないから、許してあげるとして」

ほっ。

っと、胸を撫で下ろしたのも束の間、タマ姉はずい、体を乗り出して俺を見つめた。その目に宿る光は真剣そのもの。

「それで、どうして家出なんてしたのかしら?」

「……それは」

「わたしは別にタカ坊に強制してるわけじゃないのよ? 勿論、タカ坊と一緒に九条院に行けたらそれが一番いいけど、それ以外にも選択肢はあるわ」

タマ姉の声音はとても優しい。まるで、子供を諭すように。

「九条院に戻らなくても、わたしはタカ坊と一緒に居られるならそれを選ぶわ。大学に行かなくたって、どうにでも―――」

「それは駄目だ。タマ姉に迷惑を掛けるわけにはいかない」

俺は別に勉強が辛くて逃げ出したんじゃない。

もし一生懸命に勉強しても、タマ姉が浪人までしてくれても、俺が九条院に合格できなかったらタマ姉の努力は水泡と化してしまう。

「迷惑? どうして迷惑だなんて思うの? わたしは、タカ坊と一緒に居たいって言ってるの」

「それが駄目なんだよ、タマ姉。……俺の為に、タマ姉が犠牲になることなんてないんだ」

―――そう。俺は、タマ姉の足を引っ張りたくなかったんだ。

俺だってタマ姉と一緒に居たい。それでも、そのためにタマ姉が苦労するなんて、俺には耐えられなかった。一番不安なのは、タマ姉の努力を台無しにしてしまうかもしれない自分だ。

「……それって、ただ逃げてるだけじゃない」

「―――え?」

「もしかしたら失敗するかもしれない、もしかしたら全てを台無しにするかもしれない。そんな不安、誰だって抱えてるものよ? だからって怖がって逃げてたら、何かが手に入るの? 良い結果がやってくるの? 違うでしょう。そんなことをしてたら、本当に何もかも無くなってしまうわ」

タマ姉の言葉が耳に痛い。

ただ逃げてるだけ。タマ姉に迷惑を掛けたくないなんていうのも、自分を正当化するための誤魔化しに過ぎない。

俯いた頬に、そっと優しくタマ姉の手が触れた。

「―――わたしはね、わたしだけじゃなくて、タカ坊の為にも九条院に一緒印行って欲しいの。きっとタカ坊の為になると思うし、もし上手くいかなくても、わたしが望んだことだから後悔なんてしないわ。だから、わたしが迷惑してるなんて思わないで―――」

心に染み込むような響き。自分がどれだけ馬鹿な思い違いをしていたのか、嫌って程思い知らされる。

……俺は、まだまだタマ姉には敵わないな。

「もう一度、頑張りましょう?」

差し伸べられた手を、ぎゅっと掴む。

「うん。頑張ろう」

二人繋いだ手を、離れえぬように―――。

 

 

 

 

 

 

「ところでタカ坊」

「え、なに?」

「雄二にのこのこついて行ったってことは、ナンパを否定しなかったってことよね?」

「そ、そんなつもりは……あの、その手は一体―――」

言葉を言い切る前に視界が闇に包まれる。それと同時に、こめかみにジャストフィットする何かがギリギリと圧力を与える。

「あのタマ姉痛い痛い痛い!?」

「―――問答無用!」

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、どうしてあんなところに突き刺さっていたの居たのかね?」

「誤解ですって! 何度も言ってますけど、姉貴に頭から叩きつけられて―――」

「あのね、君。よく考えてみな? 普通人間が叩きつけられたくらいで頭から地面に突き刺さるか?」

「だから本当なんですって!?」

「それで、君、家は何処に?」

「向坂家です」

「……君ねぇ、嘘は駄目だよ。由緒正しい向坂の人間が、地面に突き刺さってる変質者な訳がないだろう? ―――警察、舐めちゃいけないよ」

「本当ですってば!」

「所持品検査して、住所調べて。保護者呼んで」

「って聞いてないッスね!? 姉貴、貴明、誰か助けてくれぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・珍しくあとがき

無性にギャグが書きたくなってしまって書きました。馬鹿で御免なさい。