「おはよう、おばあちゃん」
私は毎朝の日課通り、里の片隅に建てられた墓石の前で手を合わせる。
「今日もみんな元気だよ。アルルゥも少しずつ大きくなってる」
あれから―――どれ位の月日がたったのだろう。
つい最近のことだった様な気もするし、とても昔のことだったような気も。
「でも、やっぱりまだまだ子供よ。昨日もね、カカエラユラの森で蜂の巣を採ってきて―――」
ここには皆の遺骸は納められていない。ヤマユラの民は、その魂は森に還る。だから本当は皆、森の中で新たなる命を育む力となっている。
それでもここにお墓があるのは、私の為。
今でも生きている私が、笑顔でいるためのお墓。
ちょっとだけ弱気になったときに、笑顔を貰うためのお墓。
周りは一面、色とりどりの草花に埋め尽くされていた。最初は何もない場所だった。私が最初にヤマユラに帰って来てしたことは、このお墓の掃除。
確かにここには皆の体は無い。
それでも、もしかしたら魂が私達の様子を見に来てくれるかもしれない。
そんなときに、みんなの家が汚かったら嫌だから。
最初にアルルゥと話したときは、アルルゥは私の言いたいことをよく理解できなかったみたい。
だけど、ある日お墓の前に二輪の花が咲いていた。
とても綺麗なお花。それを見て、絶対に皆の前じゃ泣かないって決めてたのに、泣いてしまった。
大地に強く根を張るような強い草花ではない。
とても可憐で繊細な、小さな花。
淡いピンクの花びらをもつものと、薄く紫がかった小花。おばあちゃんから聞かされて育った、私とアルルゥの名をもつ花。
『いつまでも、仲良くな』
姉妹の花は互いに支えあうようにして生きている。そして今や、二人だけではない。墓石の前で揺れる二輪の花は、そう告げていた。
ヤマユラの皆が、いつも一緒に居てくれる。
私達と皆は、きっと何時だって一緒にいるんだ。そう思うと自然と涙が込み上げてきた。
着物の袖で涙を拭いお墓に近づくと、その裏に見える白い毛並み。
アルルゥとムックル。ガチャタラも一緒に、陽光を浴びて眠っていた。
その小さな手は土で汚れている。
―――アルルゥが、植えたんだ。
今ではあたり一面に咲き誇る花畑。
アルルゥや、今でもたまに訪れるカミュちゃんが植え、種を蒔いたものが殆どだ。
それでも、その中心に立つ墓石の前で、姉妹草は今も仲良く風に揺られている。
私ヤマユラの民は、今も此処で生きています。
「―――それじゃあみんな。……また、来るね」
私は立ち上がって家へと歩き出した。
その途中で、色々な人に声を掛けられる。
この間森に入って大怪我をした子供。もう元気になって道を駆け回っている。
腰痛で斧を触れなくなったおじさん。まだ腰は痛そうだけど、奥さんと一緒に並んで嬉しそうに歩いていた。
風邪をひいて寝込んでいたおばあさん。お薬が効いたのか、もう表を散歩できるみたい。何度も何度もお礼を言われた。
今、私はヤマユラの里に帰っています。
みんなが一生懸命に生きているこの里を、護っていくための立場にたっています。
この里を、より良いものにしていく為に。みんなの笑顔が見られるように。
でも、此処には誰よりも大切な人がいません。
私だけじゃない。アルルゥにも、王城の皆にも。旅に出たオボロさん達にも、今も戦場を渡り歩くカルラさんやトウカさんにも。國に帰ったウルトリィさんやカミュちゃんにとっても大事な人。
みんなの中心だったあなたが居ません。
ねえ、ハクオロさん。
今、あなたは眠っていますか。
それとも、また人々のために働いていますか。
私は今、元気です。
それでも、時々とても寂しく思います。
私はただ、ハクオロさんを待っていることしか出来ません。
いつか必ず、貴方に会えることを信じています。そして、会って必ず伝えます。
―――私は、ハクオロさんが、大好きです。
だから、貴方が好きだった『子守唄』を唄います。
今はただ、想いが届くように。