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 「いっただっきまーす!」
 
 
 
 大方を同じ制服を身に着けた学生が埋める中、例に漏れず四人がけの席を占拠した。
 
 
 二人しかいないのにボックス席を使っていることを咎めるものはいない。昼の混雑する時間なら別だが、ここは商店街の中にある店舗だ。大半の学生の通学路から外れ、一般の利用客も商店街という立地柄か、夕飯の材料を買いにきた主婦方の興味を惹く店ではない。だからというか、鞄を隣の席においてのゆったりとした時間を過ごせる。
 
 
 久しぶりにヤックへ行こう、と言い出したのは目の前の雄二だった。
 
 
 
 「別に良いけどさ、タマ姉に怒られるんじゃないか?」
 
 
 
 怒ったタマ姉の顔を思い浮かべるのに苦労することは無かった。別にファーストフードを嫌っている訳ではないが、夕飯前にボリュームある食事をするとそれが口に入らない、という理由があるらしい。
 
 
 この春からタマ姉が転校してきて毎日一緒に登下校するようになって、必然的に寄り道をしてのヤックは少なくなっていた。偶にはタマ姉も同席していくことはあるが、以前に比べてその回数は減少している。
 
 
 
 「甘いぜ貴明。姉貴は今日進路のガイダンスで帰りが遅いんだ。黙ってればバレることも無いし、久しぶりにあのカロリーを楽しもうじゃないか!」
 
 
 「俺は良いけどさ、このみはどうするんだ? たぶんタマ姉と同じ理由で春夏さん怒るぞ」
 
 
 「あー、そっか……って、確か朝なんか用事があるっていってなかったか?」
 
 
 「―――あぁ、そういえば」
 
 
 
 確かに言っていた。中学時代の仲良し三人組、よっちとちゃる。このみを加えた元気一杯三人組は、なにやら近状報告という名目で遊びに行くらしい。
 
 
 今頃おそらくは元気に坂を駆け下りている頃だろう。
 
 
 
 「じゃあ今日は二人だけなのか」
 
 
 「んじゃ決まり、だな」
 
 
 「よし、行くか。―――雄二のオゴリな。最初に言い出しただろ」
 
 
 「いや待て待て待て。今あんまり手持ちが無いんだって」
 
 
 
 そういって制服のポケットを何度か叩いた。やや膨らんでいる学生服はそこに財布が入っているからだが、その中にしっかり数枚の紙幣が入っていることは既に確認済みだ。
 
 
 昼に飲み物を買うときに覗いていた野口さんの数は食事代に十分に足りている。
 
 
 
 「しっかり持ってるじゃないか。少なくとも俺の財布の中よりは温かいはずだろ」
 
 
 「馬鹿言え。これはな、緒方理奈のアルバムを買う為の大事な軍資金だ」
 
 
 
 などなど。そんないつもどおりの会話を交わしながら、途中の交差点をいつもと違う方向へ曲がった。
 
 
 少し前までは頻繁に利用していただけあって、その足は考えなくとも目的地までの道を辿っていく。
 
 
 春うららかな放課後のひと時。見慣れた街の景色も開放的な気分につられて明るく感じる。街路樹として植えられた桜並木が艶やかな薄紅色を宙へと舞わせた。大地を撫でる様な微風が散り行く花弁を右へ左へ揺らしていく。
 
 
 こうして二人で無作為な時間を過ごすのなんて、本当に久しぶりのことだ。このみが入学し、タマ姉が編入して幼馴染が全員揃った。それは俺の心を童心へと返す。タマ姉はやはり少し怖いと感じることもあるけれど、それ以上に毎日が充実していて楽しいことばかりだ。
 
 
 日々日付を変えていくカレンダーを眺めてこれほど時の流れが過ぎるのを速く感じたのは初めてかもしれない。新しい春を迎える直前に心のどこかで感じた新しい生活を内包した蕾は、これ以上無く鮮やかに開花した。
 
 
 それはきっとどんな花よりも美しく、最も甘美な蜜を蓄える花の一つだろう。
 
 
 だけど、それ故に時々こうした緩やかな生活に恋焦がれるときもある。
 
 
 あまりに変化が無くても、あまりに起伏が激しくても、きっと心は落ち着かない。大切なのは、その適度な差だ。こんな一日なら、少しばかり厳しい財政状況を度外視して、多少財布の紐を緩めたって罰は当たらないだろう。
 
 
 放課後の商店街は活気に溢れていた。
 
 
 この辺りには大規模なショッピングセンターも存在するが、元々地域の生活に根付いてきたアーケード街の利用者が枯れることは無かった。商店街独特の暖かさを横目に、はずれに位置するファーストフードの自動ドアを潜った。
 
 
 夏でも春でも常に適温に保たれた店内の空気を吸いこんで、改めて懐かしさを感じた。
 
 
 変な話だ。手軽に楽しめるはずのファーストフードを、目まぐるしい日々の生活を送るうちに遠い存在へと追いやってしまったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 雄二が大きな口を開いた。手にしたハンバーガーを咀嚼する。その口元は僅かに緩み、無意識だろうか頷く様に上下に顔を動かす。
 
 
 
 「いやー、やっぱたまに食うハンバーガーは上手いっ!」
 
 
 「そんなに感動するようなものか?」
 
 
 
 そういいながら嬉しそうな雄二の表情に触発されて、包装を解いたハンバーガーに大口を開いて齧り付いた。
 
 
 口の中いっぱいに広がるケチャップの味。舌を申し訳程度に刺激するマスタードに、食感のあるオニオン。タマ姉に言わせれば健康の問題について色々と説教されてしまいそうだけれど、それでも口いっぱいに広がる濃い味に懐かしさと親しみを感じてしまう。
 
 
 
 「……まぁ、確かにうまいな」
 
 
 「だよな。来て正解だったぜ」
 
 
 
 こんな場所で話すようなことは大した内容ではない。
 
 
 大概は見たテレビの話とか耳に挟んだ噂話。学校の先生の授業について愚痴を言ったり、クラスメイトの馬鹿げた行動を好き勝手に論評してふざけあったり。
 
 
 レベルとしては大人の話す会社の話や、主婦がお茶の間で騒ぐゴシップのようなくだらない話。
 
 
 だけどそんな緩やかな時間の流れが心地よかった。
 
 
 
 「―――ところで貴明。あれをどう思う?」
 
 
 「あれって何だよ」
 
 
 「あれだよ、あれ」
 
 
 
 雄二がにやけた笑みを張り付かせて顎でそちらを指し示す。
 
 
 丁度この席から硝子の仕切りを挟んだ反対側。同じ学校の制服を身に纏った女子生徒三人組が楽しそうに談笑していた。この近所に住んでいるのか、仲の良さそうな雰囲気が傍目にも分かる。
 
 
 きっとこのみやタマ姉、雄二との関係に近いものがあるのだろう。
 
 
 一人はセミロングの髪が光の反射で亜麻色に見える。見ていて何処となく癒されるような、そんな感じの女の子だ。その向かって正面に座っているのは髪を伸ばした女生徒で、眼鏡を掛けている。冷静で理知的な感じがするが、その一方できっと面倒見が良いのだろう、正面の女の子の口元に付いたケチャップを紙ナプキンで拭ってあげている。
 
 
 もう一人はその隣に腰掛けていた。ショートカットから快活な印象を受ける。肌も何処と無く褐色に日焼けしていて、体育会系の雰囲気だ。三人が三人別の色を持っているけれど、不思議と調和のとれた三人組。
 
 
 
 「……それが何だよ。仲が良いんじゃないのか」
 
 
 「違うだろ? 誰が好みかって聞いてんだよ。俺としてはやっぱり、あのセミロングの女の子かな」
 
 
 「―――はぁ」

 
 「ホント、お前って女が嫌いなんだよな。そんなんじゃ―――」
 
 
 「『人生の大半を無駄にしてる』、だろ」
 
 
 
 昔から雄二と何度も交わしているやり取りだ。その流れも手馴れたもので、お互い何も言わなくても相手がどんな反応を返してくるのかは容易に想像できる。
 
 
 それでも敢えて毎回のように雄二がその話を振ってくるのは、雄二なりの思いやりなのかもしれないが。
 
 
 ただ、別に女の子が嫌いって訳じゃない。単に苦手なだけで、それは似ているようで随分な違いだ。
 
 
 少なくとも俺は今までの人生の中で損をしていると感じたことは一度も無いんだから、雄二に心配されるようなことではないと思う。こんな状態はきっとしばらくの間変わるようなことは起きないだろうし。
 
 
 
 「でもよ貴明。本当は女の子が苦手、なんてのは嘘なんだろ? 別にこのみは妹みたいなもの、って言ってたけど姉貴にだって抵抗無い訳だし、実際困るほど女の子を拒否してるわけじゃないもんな」
 
 
 「だから、タマ姉だって幼馴染なんだから家族みたいなものだろ。それに苦手なだけなんだから、生活に必要なことだったら別に遠慮することもないだろ」
 
 
 
 いいから黙って食べろ、と言って雄二のポテトに手を伸ばした。批難の声を知らぬ存ぜぬで突き通し、これ以上の話題の拡大を防いだ。
 
 
 そんなことを話したからって別に俺の女の子が苦手な特質は変わりようが無いんだから。だったら、こんな会話なんて無駄以外の何物でもない。
 
 
 ……女の子、ねぇ。
 
 
 ため息交じりの息を吐き出して、窓の外を見る。
 
 
 商店街は人の往来が激しい。この商店街は学校がある丘を下った道からすぐの立地もあってか、主婦や老人を除いてもちらほらと同じ学校の制服を何度も見かけた。
 
 
 視界の端から端へと人がフレームアウトしていく。ガラス窓一枚隔てた向こうの世界とこちら側では、こんなにも時間の流れが違うのだろうか。
 
 
 ほら、今もまた一人店の前を通り過ぎていく。
 
 
 同い年くらいの女子生徒。何やらメモのようなものを片手にぶつくさと呟きながら、危なっかしく歩を進めている。
 
 
 そんなに下ばかり向いていると危ないと思うけど……と思ったそばから、女子生徒は反対側から歩いてきた中年の主婦と正面からぶつかってしまった。
 
 
 本当に申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げる。相手もそんな様子に逆に気後れしてしまったのか、手を左右に振って女子生徒に何事かを告げた。
 
 
 そのまま主婦が通り過ぎた後もその後姿にお辞儀をする様子が、まるで小動物みたいに―――。
 
 
 
 「……ってあれ、小牧さんじゃないか」
 
 
 「どれどれ。おっ、本当だ委員長じゃん」
 
 
 「委員長って家こっちだっけ? 今まで見たこと無かったけど」
 
 
 「さあ。何か買い物でもあったんじゃないか」
 
 
 
 小牧愛佳。一年生の時からのクラスメイトで、紆余曲折を経て委員長なんて大層な役職を二年連続で務めている。一年間は役職名の前に『副』という余計な漢字が付いていたが、そんなものはいつの間にか忘れ去られていた。
 
 
 委員長なんて名前に騙されてはいけない。人一倍努力家ではあるが、その手際は見ていて可哀相になるくらい悪い。壊滅的だ。それでも職務を全うしようと一日中学校を走り回っているイメージがある。
 
 
 しっかりしているようでどこか抜けていて、自分の力量を超えていても人に頼らず自分でこなそうとする。そんな彼女の姿はまるでハムスターみたいな小動物。見ていて癒される、という女子が現れるほどだが、その一方誰よりも信頼される人物なのかもしれない。
 
 
 
 「お前達って、意外とお似合いなのかもしれないな」
 
 
 「何だよ突然。誰のことだ」
 
 
 
 雄二は大仰に溜息を吐く。
 
 
 
 「お前と委員長だよ。異性が嫌いなんていう共通点まである位だし」
 
 
 「……異性嫌い? 小牧さんが?」
 
 
 「ああ。……って、お前も一年間同じクラスだったんだから気付くだろ。んなもんは見ただけですぐ分かるだろ。嫌いって程じゃなくて、せいぜい苦手程度だけどな」
 
 
 
 ますますそっくりだな、なんて笑いながら言った。
 
 
 再び窓の外に視線を転じるが、そこには既に小牧さんの姿は見えなかった。確かに何かメモのようなものを見ていたし、買い物があるなら目的の店に向かったのだろう。
 
 
 だけど、まさか異性が苦手だったなんて知らなかった。
 
 
 確かに入学してから今までずっと同じクラスだったけれど、それほど接点があったわけじゃない。せいぜいがアンケートの回収や何かしらの行事の際に何度か言葉を交わしたくらいだ。
 
 
 単にクラスメイトという認識しかなかったから、そんな彼女の行動に目を光らせている訳がない。
 
 
 とはいえ、雄二の言うとおり異性が苦手、という共通点を聞いてなんとなく親近感が湧いてきたことも否定は出来ない。
 
 
 勿論俺は苦手と言ってもそれほど酷いものではないし、小牧さんの症状も俺が知らない程度の軽いものでしかないんだろう。たぶん心理的に気後れしてしまうような、その程度の。
 
 
 ふと気が付くと、窓硝子の鏡に映った雄二がにやにやと気色悪い笑みを浮かべて俺を眺めていた。
 
 
 
 「……何だよ」
 
 
 「いや、別に。貴明にもようやく春が来たのかな、なんて」
 
 
 「うるさい」
 
 
 
 雄二のトレーに残っていたポテトを鷲掴んで口に放り込んだ。口いっぱいのポテトを咀嚼しながら立ち上がる。
 
 
 
 「先に出てるぞ」
 
 
 「おい待て、俺のポテトを返せ! せっかくなけなしの金を払ってのヤックだったのに……ってか自分のトレーくらい片付けていけ!」
 
 
 
 喚く雄二を置き去りにして、一足先に店の外に出る。
 
 
 商店街のアーケードの外から覗く空は、早くも茜色に染まり始めていた。
 
 
 夕暮れの空に一群の鳥達の黒い影が浮かんでいた。空を泳ぐように飛ぶその影は、きっと家へと向かっているのだろう。
 
 
 春とはいってもまだ四月の上旬。こうして日が沈むのもまだ早い。一陣の春風がアスファルトの上を駆け抜けた。
 
 
 春の軽装には少し肌寒い。真っ直ぐ帰ってテレビでも見よう。
 
 
 
 「……ん? あれは―――」
 
 
 
 見上げた視線を空から地面に落とすと、店の前の花壇の脇に何かが落ちていた。数歩ばかり歩み寄って、その黒いものを手に取った。
 
 
 手の平に収まるような薄手の黒い手帳。表紙には見覚えのあるエンブレムが印刷されている。よく使い込まれていて、端々がボロボロになっていた。
 
 
 
 「これって、学校の生徒手帳だよな」
 
 
 
 それは今鞄の奥底で眠っている新品同様の手帳と同じものだ。
 
 
 ただ、同じものではあるけれども、その使い方は手元にある手帳の方が正しいに違いない。手帳としてもさぞ満足のいく使い方をされているに違いない。
 
 
 どうしてこんなところに生徒手帳が落ちているのか。
 
 
 どうせ同じ学校のものなのだから、交番に届けるよりも明日学校の職員室に届けに言ったほうが手っ取り早いだろう。
 
 
 何気なく落とし主の名前を見ようと最初のページを開いて写真をみた。
 
 
 
 「……なるほど」
 
 
 
 開いた瞬間に納得した。どうしてこんなものがヤックの前に落ちていたのか。今より若干幼い顔つきの写真が貼られているその隣に、所有者の名前が記載されていた。
 
 
 『小牧愛佳』
 
 
 そう、先程ここで主婦とぶつかったはずみに落としたのだろう。
 
 
 委員長ならば同じクラスなんだから、明日の朝直接渡せば良い。
 
 
 ……それにしても、どうしたら生徒手帳をこんなにボロボロになるまで使い込めるのか。それほど使用頻度が高い代物ではないし、その証拠に鞄の中に入れっぱなしで眠っている自分の手帳が最後に見られてのが何時かなんて、覚えていないんだから。
 
 
 僅かながら好奇心が芽生えて、生徒手帳のページを握る手に力が篭った。
 
 
 少しくらいなら見ても良いかな。
 
 
 ……駄目だ、何を考えているのか。こんなことはプライバシーの侵害だ。幸い委員長のものだって分かったんだから、後はこれを手渡すだけ。
 
 
 それ以上に何をする必要があるのか。
 
 
 
 「おい、どうしたんだよ」
 
 
 「別に、なんでもないさ」
 
 
 
 店から出てきた雄二に返事を返して、ポケットに拾った手帳をねじ込んだ。
 
 
 
 「さて、帰るか」
 
 
 「おう。急がないともう姉貴が帰ってくるからな」
 
 
 「タマ姉に怒られないように、ちゃんと晩飯は喰えよ」
 
 
 
 夕暮れの道を急ぐ。

 
 帰路の空は次第に茜色から藍色へと変わり始めている。
 
 
 一日の終わりを告げる月が姿を現す前にと、二人で早足で歩き出した。