うたわれるもの長編SS
「絆」 
 
第三話「損害と後悔」
 
 
 「「兄者様。ただいまもどりました」」
「ご苦労だったな。ドリィ、グラァ」
ウハイが去っていった後、ハクオロ達の方針は決まった。
その翌朝、彼らはトゥスクル皇城を出発。その晩にヌワンギが治める新国・シミルパーヤ領内に到着していた。
現在ハクオロ達は、シミルパーヤの国境付近の陣地で会合を開いている。会合に参加しているのはハクオロ・オボロ・クロウの三人。カルラはさっきまで一緒にいたのだが、やがて飽きてしまったのか酒瓶片手にどこかへ行ってしまった。他のメンバーは城に残り、彼らの帰りを待っている。
そして先程偵察に向かわせたドリィ達が戻ってきたのだった。
「報告します。敵はここより前方にある平原に兵力を集中させています。構成は騎兵に歩兵が多数。他少数の弓兵です。また、平原奥には深い森があります」と、ドリィ。
「なるほど、よくわかった。ありがとう」
毎度のことであるが、二人の偵察能力には目を見張るものがある。これまでいくつもの戦を勝ち抜いてこれたのも、彼らのその能力に拠るところが大きい。
しかし二人には敵の構成について疑念があるらしい。グラァが腑に落ちないという面持ちで言った。
「いえ。ただ兄者様……」
「どうした、グラァ?」
「敵の部隊があまりに少ないのです。相手の兵力がわからないというのもありますが、それにしても手薄だと思います」
「僕もそう思います」
同様にドリィが頷く。
「直接見たわけではないからなんとも言えないが……。確かに二人の言うとおり、敵が手薄なのは妙だな」
ハクオロがどうすべきか悩んでいると、黙って聞いていたオボロが立ち上がって言う。
「なんの! そんなことはこの際関係ないぞ、兄者! 要は少ないなら少ないで、全滅させればいいんだろ?」
「若大将の言うとおりですぜ総大将! 俺もその意見に賛成ですわ」
クロウもその意見に同意した。こういう時、二人の意見は必ず一致する。二人とも細かい策を練るよりも、単純な作戦の方が性にあっているのだ。もしも二人の発言をベナウィが聞いていたなら、大きな溜息が聞こえることだろう。
だが、ここであえてハクオロは二人の意見に賛同した。
「よし。ここはオボロの案を採ろう。ではまず、クロウは騎兵衆を率いて進軍。すぐに交戦してくれ」
「うぃっす!」
「オボロ、お前はクロウと進軍した後、折を見て離脱。そのまま正面の森を抜けてくれ。おそらく敵の城はその先だ。ドリィとグラァはオボロに続いてくれ。ただ皆忘れるな。敵の情報が乏しい以上無闇な行動はするなよ?」
「わかった」
「「はい!」」
 
 
ハクオロ達が会合をしている頃、エルルゥは娘達を探しているところだった。夜も更けたというのに、二人が部屋に戻らなかったからである。
「もう、あの子達ったらこんな遅くまでどこに行ってるのかしら?」
彼女は城内をあらかた探して、最後にトゥスクル城ハクオロの部屋に来たのだった。ここにもいないのかと思って踵を返そうとしたとき、何か感じるものがあったのか、エルルゥはハクオロの寝所に入った。
案の定、そこには娘達の姿。ただそこには、エルフィとコノハ以外にも二人の侵入者がいる。ハヤテとカスミである。四人は穏やかな笑顔で互いの身を寄せ合って眠っていた。
なんだか起こすのが忍びなくて、エルルゥは寝所を後にし、彼が普段使っている机に座りながら隙間から差し込む月光に目を向ける。
「ヌワンギ……」
ふと言葉が漏れた。
懐かしいその名。
 
二人が始めて出会ったのは、彼女が四歳の時。まだ妹のアルルゥも産まれていなくて、彼女は毎日一人で遊んでいた。寂しくはないけれど、どこか物足りなかった。
ある日、エルルゥが村の近くで花を集めていたとき、見慣れない男の子が彼女の側にやってきた。
「お前、あそこの村の子か?」
「うん……」
男の子は生意気そうな態度でエルルゥに尋ねた。勝気な瞳が印象的で、だけどなんだか不思議と嫌な感じがしなかった。彼は少し考えた風だったがいきなりエルルゥを指差して言った。
「ちょっと頼りないがしかたない。今日からお前は俺の子分だ! いいな?」
「え……? こぶんって、なぁに?」
「子分は子分! 俺の言うことを聞くんだぞ!」
「う、うん。いいよ……」
「ほんとか!?」
「うん!」
自分から子分になれと言ったくせに、彼は心底嬉しそうだった。
「へへ、よーし……。俺はヌワンギ。お前は?」
「エルルゥ!」
「エルルゥか。よし、ついて来いエルルゥ!」
「うん!」
二人はそれから毎日一緒にいるようになった。朝早くからヌワンギがエルルゥの家を訪ね、夕方帰っていく。一度など、あまりに早く行き過ぎてトゥスクルに怒鳴られたこともあった。ただ彼は決して自分の家族のことをエルルゥに言わなかった。エルルゥが聞いても教えてくれなかったが、時折羨ましそうにエルルゥの両親を見ていたのを、エルルゥはよく覚えている。
「ヌワンギー! こっちこっち!」
「まてよエルルゥ。子分が先に行くなー!」
エルルゥが彼の制止も聞かずに彼を連れてきたのは、ヤマユラ周辺でかなりの大きさを誇る木の前であった。
「はぁ、はぁ。おいエルルゥ、なんだよ急に走り出しやがって……」
アレと言ってエルルゥが木の上の方を指差すと、そこには美味しそうな実が成っている。エルルゥが言わんとしていることに気づいたヌワンギは慌てて彼女を止める。
「ま、待てエルルゥ!? あの高さはさすがに危ないぞ!」
「ヌワンギ、いつも『おれさまにのぼれないきはない』っていってた」
「う……。その、今日はちょっと身体の調子が……」
「じゃ、いい。あたしひとりでいく」
そう言ったエルルゥは一人木に飛びつくと、小さな身体を一杯に伸ばして登っていく。太い枝に足を掛け、窪みを掴んで登っていく。かなり危なっかしい。ゆっくり時間をかけると、ようやく実のある高さに到達した。目の前には大きく実った果実がある。エルルゥはそれを掴もうと手を伸ばした。
が、木の実に気を取られた結果、彼女はバランスを崩してしまった。枝を掴んでいた手が枝を離れ、彼女はそのまま下に落ちていく。
やばい! と思った瞬間、瞬時にヌワンギは彼女の下に滑り込みなんとか地面との直撃を逃れた。
「ってえ……。おい、エルルゥ! だから言っただろうが、危ねぇって」
ヌワンギがエルルゥの方を振り向くと、彼女は美味しそうに木の実を食べている。落下の瞬間に木の実を掴んでいたようだ。
「んぁ、おいしかった! あれ、ヌワンギ。そんなところでなにしてるの?」
そんなことを言われれば、命がけで救った彼としては腹が立った。未だ背中に居座るエルルゥをどかし、怒鳴りつけてやろうとしたとき、不意に彼女が痛そうに顔を顰めた。
「っ!?」
見ると、彼女の左の足首が青くなってきている。どうやら落ちたときに足を捻ったらしい。
「お、俺は知らねぇぞ! お前が勝手に落ちたんだからな!」
彼がそう言って一人で帰ろうとしたとき、後ろから泣き声がする。
「っぐす……ごめ……ごめんなさい……っす……」
しばらく考えたが、彼にはエルルゥを見捨てて帰ることができなかった。
「ったくしょうがねぇなぁ……。ほら」
「え……?」
涙で赤くなった目で前を見ると、ヌワンギが背中をエルルゥに向かって差し出している。彼女は足を引きずりながら彼に負ぶさった。
初めて持ち上げた彼女の身体は羽のように軽くて、ヌワンギは軽い驚きを感じた。その身の柔らかさが背中に伝わった途端、今まで意識したことのなかった異性という存在を感じさせられる。
ヤマユラまでの道のりはそれほど苦にはならなかった。落ち葉を踏みしめ、枝をくぐり、沢を渡る。そうこうするうちに集落が見えると、ヌワンギはほっとした。早くこの得体のしれないドキドキから逃げたかった。
「エルルゥ、どうしたんじゃ? ヌワンギなんぞにおぶられおって」
「な、婆っ!? なんぞってなんだ、なんぞって?」
事の顛末をトゥスクルに話したエルルゥは、珍しく彼女に怒られていた。あんまりひどく怒るので、ヌワンギが止めてやったくらいである。
時間が時間だったので、彼は家に戻ることにした。エルルゥに別れを告げ、村の門を出たところで突然後ろからエルルゥに呼び止められた。大分良くなったのか小走りで近づいてくる。そして彼女はヌワンギに追いつくと照れながら言ったのだ。
「えへへ。ヌワンギ、ありがとう! あのね、エ、エルルゥがおおきくなったらヌワンギのおよめさんになってあげるね!」
「お嫁さん!? バカ野郎、お前は、お前は俺の子分なんだからな! いいか、わかったな!」
彼は顔を真っ赤にしてその場を去っていった。
 
幼き日の思い出……
今になって思えば、私は彼を裏切ってしまったのではないだろうか?
彼はほら吹きだったけど、誰よりも純粋だから。
私はそれを知っていたのに……
「ヌワンギ……」
もう一度その名を呼んだとき、堪えていた涙が溢れてしまった。
一度流れ出した涙は、簡単には止まってくれそうもなかった。決して声は出さないけれど、肩を震わせ泣き続ける。
「エルルゥ殿?」
突然聞こえた声に、エルルゥは慌ててその涙を拭った。
声の主は、トウカ。
自分と同じ、彼の子を持つ女性。
元はハクオロを仇敵ラクシャインと思い込んだ、クッチャケッチャ皇・オリカカンの傭兵として彼の前に立ちはだかったエヴェンクルガの剣士であった。
現在は二児の母となり、彼の子供達を育てる傍ら、以前と同じように近衛を守っている。エルルゥと同じく最近はめっきり女性らしさが増し、以前のような凛々しさを見せることは少なくなった。
「トウカさん……。どうしたんですか、こんな夜更けに?」
「子供達が部屋に戻って来なくて……。それで、城の中を探していたところです。聖上のお部屋にもいないものかと思って」
「それなら……ふふ、気持ち良さそうに寝ていますよ。私のトコも一緒……」
「なるほど……」
エルルゥが寝所を指差すと、彼女は合点がいったように頷いた。目を細めて子供達のいる方を見やると、彼女もエルルゥの横に腰を下ろした。
「トウカさん、ハクオロさん達は大丈夫でしょうか?」
「私はヌワンギ殿のことはよくわからぬゆえ、どうなるかは判りませぬ。ただ、聖上達のことだ。きっと無事に帰ってきてくれるでしょう。……それに、今は聖上より、貴方の方が心配です」
「え……?」
トウカは気づいていたのだ。エルルゥがヌワンギという名を聞いてから、様子がおかしかったことを。常日頃は周りに気を回すことができる彼女であるが、実は一番自分の変化に気づくことができないでいる。気づかぬうちに自分を責め、思いつめていたのだ。
「ヌワンギ殿のことで何かお悩みですか?」
「……!!」
だからトウカがそう言った時、我慢できなくて再び泣いてしまった。
トウカはただ、そんなエルルゥを抱いてやることしかできなかった……
 
 
「カルラ、こんなところにいたのか」
オボロ達との会合を終え、それぞれが陣に戻った後、ハクオロはカルラの姿を探していた。そしてすこし離れた広場のようなところで一人酒を飲んでいる彼女を見つけたのだった。
「あら。主様ですの。会議は終わりました?」
「ああ。明朝出陣するつもりだ。明日は頼むぞ、カルラ」
「もちろんですわ。それより主様……」
そう言うや彼女はハクオロを無理やり自分の横に座らせた。酒の相手をしろ、ということらしい。慣れた手つきで徳利を傾けて猪口を満たすと、黙ってハクオロはそれを受け取った。
「まぁ。相変わらずいい呑みっぷりですわね」
「お前もほどほどにしておけよ?」
説得などまるで意に介していないようにカルラが酒を一口すする。そしていつも彼女がそうするようにその身を彼に預ける。
「カルラ。私がこれからやろうとしていることは本当に正しいことなんだろうか……」
しばらくの沈黙の後、カルラは答えた。
「私、そのヌワンギという男の気持ちが少しわかる気がしますわ……」
「カルラ?」
予想外の発言にいささか混乱を禁じえなかった。
だが、ハクオロにはカルラの言いたいことが分かる気がした。彼女は決して自分から語りたがらないが、カルラはラルマニオヌの皇女だった身である。幼い頃に国を奪われ、その身を奴隷に投じた彼女には国を追われる痛みが痛いほどわかるのだろう。
だからあえてハクオロは何も言わなかった。カルラが言っていることは理解できるし、彼から国を奪ったのも事実であるから。
「ただそれでも、今トゥスクルという国は民に受け入れられている。多くの者が幸せに暮らしている。それに、私は主様がどういう決断をなされて関係ありませんわ。だってこの身は未来永劫、貴方のものですから……それが私の答えですわ……」
彼女は最後にそれだけ言って立ち上がり彼の頬にそっと口付けると、その場を後にした。
「カルラ……」
後に残されたハクオロは去り行くカルラの後ろ姿を眺めながら何を思うのだろうか……
 
 
ハクオロ達がドリィの報告を聞いている頃、ウハイの元に彼の部下が戻ってきた。
「ウハイ様。先ほど奴らの斥候と思われる二人組を確認しましたが、本当に何もしなくて良かったんですか?」
「ああ。ご苦労だったな。これでやつらはこちらの手はずどおり動いてくれるだろう。ところで……、アイオン。隠れていないで出てきたらどうだ?」
ウハイが背後に懐から取り出した短刀を放った。するとその短刀は相手に命中することなく闇の中に消えていった。するといきなり、彼の目の前に黒い外套の男が現れる。
「おいおいウハイ、いきなりそりゃねぇだろ?」
「五月蝿い。気配を消して背後に立たれたら誰だって気分が悪くなろう。それよりお前の方の準備はできているんだろうな?」
「ああ。心配いらねぇ。ばっちり仕掛けといたぜ。誤って手前の大事な部下が掛からねぇように、せいぜい気をつけろよ」
それだけ言うと外套の男―アイオン―は再び闇に消えていった。
「ふんっ!」
ウハイが気分を害したようにしていたので、彼の部下が恐る恐る聞いた。
「ウハイ様。アイオン様が仰っていたのは……?」
「お前たちには知る必要のないことだ。ただ、森の中には決して入るなよ? 命が惜しかったらな……」
彼らはウハイが何故そう言ったのかわからず、しかし彼の口調にそれ以上の発言をさせない雰囲気があったので、誰も口を開かなかった。
 
 
翌朝、遂に戦は始まった。
まずは先陣を切ってクロウ達の部隊が前に出る。長年乗り続けてきたウォプタルを駆り、怒号と共にまずは出会い頭の一撃を敵の兵士にぶつけた。彼の大剣によって繰り出される攻撃は一振りで敵兵をなぎ倒す。
『戦場では騎兵衆の隊長として誰よりも前に出て戦う』
それは彼が騎兵衆隊長になったときに決めた誓いである。
自分には細かい策を練ることはできない。
ならばどうするか?
彼は、彼にしかできないことをやることにしたのだ。自分が一番前に出て剣を振るえば、部下は活気付いて勢いが増す。それはベナウィにすらできない彼独自の「作戦」であった。
そして同時にそれは彼自身に対する戒めでもある。
クロウは実のところ、そんなに度胸があるわけではないのだ。それは彼自身が一番わかっている。だから彼はその誓約によって自らを奮い立たせているのだ。
敵の中隊長らしい男が自分の獲物を振り上げ、こちらに向かって突進してきた。
「調子にのるなぁぁっ!!」
「はっ! おもしれえ!」
互いの武器が火花を散らす。敵将は重量を生かして槍を回し、遠心力を生かした一撃をクロウに見舞う。この時あえてクロウは回避を捨てた。自分の顔面を貫こうと迫ってくる槍をコンマ一秒で避け、バランスを欠いた敵将の喉元に己の剣を突き刺した。
吹き上がる血飛沫が狼煙であるかのように、彼の部下達が一気呵成に攻め立てる。
「やるじゃねぇか、クロウ!」
「舐めんなって。若大将はこのまままっすぐ行ってくれ。ここは俺たちに任せときな!」
「クロウの言うとおりだ。オボロ・ドリィ・グラァ、三人は私と共にこのまま森を目指すぞ!」
「「はい!」」
左右からドリィ達が出てきた。ただグラァが途中でウォプタルを失ったのか、今はドリィのものに二人が乗っている。ハクオロは三人の存在を確認すると、歩兵衆を引き連れてその場を後にした。
「あらまぁ、主様達は行ってしまわれたの?」
「ああ、残念だったな。お声がかからなくて」
「ホントですわ!」
口ではそういいつつも、そんなに怒っているわけではなさそうだ。カルラはそれだけ言うと、愛刀片手に敵陣に入っていく。
見た目は華奢な彼女だが、その膂力はクロウをも上回る。ゆえに戦場で最も殺傷数が多いのも彼女なのだ。
彼女の攻撃はいたって簡単である。切れ味は最悪だが、刃こぼれすることのないその刀を振り回すだけだ。振り回すだけなら他の者も同じではないかと思うかもしれない。が、普通の人間が刀を振るう場合、往々にして相手が次にどう動くとかを予想して振っている。
しかし根本的にカルラは違うのだ。彼女の振るは本当にただ『振る』だけなのである。その刃渡りの長さと重さ、そしてそれを軽々と振り回せる彼女の力があってこそ成せる技である。
「ぇぇぇええああっっ!!」
彼女が一回刀を振れば何人もの男が宙を舞う。
彼女の周りには屍の山ができ始めていた。周囲の男達もカルラの攻撃力の前に、迂闊に近寄れなかった。
その時カルラの前方から敵の援軍が迫ってきた。数自体は大したことがなかったので安心していたのだが、そうも言っていられなくなった。
カルラはそれなりの力で刀を振るった。
当然敵兵達は倒れる。
しかしすぐに起き上がってきたのだ。それは今までではありえないことだ。以前トウカがシケリペチムで戦ったらしいゾンビ兵とも違うようである。明らかに生きた兵。だが攻撃が効かない。
その原因はどうやら敵の鎧にあるらしかった。通常の兵士が着ける鎧は、せいぜい肩当と胸当てぐらいである。それも、鉄板というには程遠いものを。だが、今カルラが相手にしている兵達の鎧はまるで鉄板をそのまま被ったようなものである。これでは普通に叩いたくらいでは衝撃が伝わるくらいにしかならないだろう。
「面白いですわね……」
カルラは久々に血が踊るという感覚を思い出した……
 
 
ハクオロ達は深い森の前まで到達していた。
「ウォプタルに乗っているものは森を迂回してくれ。歩兵はオボロ達とともに森の中へ!」
ハクオロが指示すると、兵達が一糸乱れぬ動きで隊列を組み、森の中を進んでいく。オボロは自分もウォプタルを降り、兵達に続いた。
しかしこの時オボロはある疑問が浮かんで部下達の進軍を止めようとした。
(おかしい……。森がやけに静か過ぎる。ここを越えられたら城に侵入を許すというのに、あまりに無用心すぎる!)
「お前達一端……」
だが……
「「「うわぁぁっっ!」」」
突然部下達の足元が爆発した。地面が火を噴き、部下達の身体を跡形もなく吹き飛ばす。さらに、その場を一端離れようとした兵が次の爆発によって吹き飛ばされた。爆発によって舞った火の粉が木々を焼き、辺りは凄惨な状況へと急転した。
「なんだ? 何が起きた!」
オボロは自分達の部下を葬ったものが何か未だに理解できないでいた。ただこの時、頭の隅に引っかかるものがある。どこかで、どこかで同じような炎を見たことがある、と。
しかし周りの熱が彼を現実に引き戻した。
「直ちに撤退する! 全員、来た道をできるだけそのまま戻るんだ!」
「了解しました!」
全員が辛くも森を抜けた時、辺りに残ったオボロの部下は半分になっていた。ほとんどを得体の知れない爆発で失い、戻る途中で火の手に行く手を阻まれた者も少なくなかった。
「オボロ、無事か?」
その時ちょうど、森を迂回していたハクオロ達が戻ってきた。突如森の中であがった爆炎に気づいて、引き返してきたようだ。期を同じくしてクロウとカルラが合流する。二人の話では森の爆発を最後に、敵が撤退していったらしい。
「ああ、俺は大丈夫だ。だが、森の中で突然足元が爆発したんだ。おかげで部下のほとんどを失った……。クソっ! あの時俺が奴らを止めていれば……!」
「「若様……」」
オボロの顔に苦い物が浮かぶ。
「オボロ、すまなかった。森を進むよう指示したのは私だ。責任は全て私にある」
「いや、兄者のせいじゃない……。俺が。俺のせいで……!」
「あらあら、後悔している暇なんてないんじゃありませんわ。部下を思うのもわかりますけど、こんなところで油を売っている方がよっぽど無礼なのではなくて?」
カルラがおどけた様に言った。こういう時、常に冷静に状況を見つめることができるのが彼女の強みだ。常に一歩皆から距離を置ける。だからあえて今のような台詞を吐き、オボロを奮起させたのだ。
「っち……。お前に説教されるとはな」
「全く、ひどい言われようですわね」
「よし。ではいくぞ!」
ハクオロ号令で再び進軍が開始された。
現在彼らが位置しているのはちょうど城の前に広がる森の平原側である。先程の迂回であらかじめ道を覚えてあるハクオロの案で、今度は全員で森を迂回し、一気に敵本城に突入することにした。途中でまばらに敵が布陣しているが、どれも本格的なものではない。適当にこちらを攻撃してはすぐに散開して逃げていく。先程の森でのこともあり、囮の類と判断したハクオロ達は追うのを止めさせ、ただ道を急ぐ。
やがて森の左手に岸壁が出現し、大きな壁となって彼らの左方への進行を完全に封じた。左手に岸壁、右手は森林。攻める方には厳しい地形である。
前方に城郭の一角が見え始めた。決戦のときは近い。そう感じる一同だったが、その考えを突然兵士の悲鳴がかき消した。
「うわあぁぁぁっっ!!」
見ると、いつの間にか前方の狭い通路に敵兵が隊列を組んで出現していた。手には見慣れない、ただどこか弓に似た武器を持った一団がこちらに向かって矢のようなものを打ち出してきた。咄嗟に肩当で防ごうとした先頭の兵士は、普段ならば感じるはずのない痛みを感じた、いや、正確には感じる前にその命を奪われていたのだ。
普通でない威力の射撃を受けた兵士達は次々に倒れていく。一人を倒しても尚威力の落ちない攻撃に、瞬く間に兵の数が減っていった。さらに、前方からだけではなく横手の森林からも射撃が始められた。姿の見えない所からの射撃は兵士達の精神をも蝕んでいく。
止めは後方からの挟撃である。それもただの歩兵ではなく、カルラを持って苦戦を強いたあの部隊。重装甲の鎧を着込んだ彼らは、まるで退路を塞ぐようにしてハクオロ達の後退を許さない。
「なんなんだこいつら達は!?」
「オボロ、無茶をするな! カルラ、出来るだけ後方の敵兵を減らしてくれ! ドリィ達は前方の敵を頼む!」
「く、なかなか骨の折れることですわね……!」
敵はそうやすやすとは引き下がらなかった。しつこいくらいに矢を打ち続け、後ろの兵達は巧みにカルラの攻撃を避ける。こちらに彼らを倒す術がカルラにしかないことを察しているような動きだ。地形の狭さもそれに味方をしていた。満足に足を動かせなければ、騎兵を中心とした兵達の存在は的でしかなかった。
だが、敵の包囲網は崩れつつあった。オボロがその速さを生かして敵の装甲の隙間を狙って撃破を重ね、ドリィやグラァの正確な射撃が前方の弓兵の数を的確に減らしているからだ。
前方の弓兵を討ち取ったドリィはオボロの援護に向かおうとして、本当に一瞬だけ気を抜いてしまった。その油断は命取りとなった。前方の敵に集中しすぎたせいで、横合いからの攻撃を忘れていたのである。
敵はその一瞬を見逃さなかった。すでに射撃体勢にあった一人の弓兵がドリィの心臓めがけてその凶弾を発射した。
グラァがドリィに向けられた殺気を敏感に感じ取った。
「ドリィぃぃっ!」
グラァの視線で全てを悟る。
だがすでに遅かった。
横手からの通常のそれを遥かに上回る射撃がドリィを貫き、その身を吹き飛ばした。激しい衝撃を受けたドリィが側方に向かって飛んでゆく。そう、『側方』に向かって。
「クロウさん!」
ドリィが敵の射撃を喰らう一瞬前に、クロウがその身をもってドリィを突き飛ばしたのだった。だがドリィの代わりに射撃を受けた彼の傷は深刻である。傷口からは血が吹き出ている上、攻撃を受けた右肩は力が入らないのかだらりとしている。
「馬鹿野郎、油断するんじゃ、ねぇ……よ。っち……腕があがらねぇ」
クロウの傷を目の当たりにしたドリィは真っ青になって震えている。見兼ねたグラァがドリィを助け、クロウの部下の一人に彼を任せた。
後方の敵兵が遂にカルラ達によって全滅した。彼女が殿を勤めつつ、ハクオロを先頭に、穴の開いた一角から皆がボロボロになりながら包囲網を突破した。
そのまま平原を抜けたハクオロ達は、ただひたすら歩を進めることしかできなかった。幸いだったのは、敵の追っ手がなかったことである。城への帰途において、どの顔も優れなかったのはいうまでもない。
シミルパーヤ攻防戦は多大な損害と後悔を、皆の胸に残したのだった……
 
あとがき
 
どうも、セシリアです。
 
長編第三話、如何だったでしょうか? 
今回は戦闘がメインということでわりかし展開が速かったと思います。戦闘を描いていると思うのですが、うたわれは戦闘描写が難しい部類なのではないかと思います。技名とかが無いですから。一概にそれだけで決まるとは言えませんがね^^;
 
次回は反省会(?)のような話になるのではないかと思います。
それでは^^