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うたわれるもの長編SS
「絆」 
 
第四話「罪」
 
 
ハクオロが出発してからもうすぐ三日が経とうとしています。
今まで何度も戦があって、その度に城であの人の帰りを待つ事を経験してきたけど、未だに慣れることができません。
怪我を負ったんじゃないか?
病気になったんじゃないか?
そんな心配ばかりして、他のことが頭に入ってこない。
何をしても上の空です。
コノハにも心配されてしまいました。
いけないなぁ……
あれ?
 向こうの山の方からたくさん人が歩いてくる。
 あの一番前にいるのは……
 
 
お母様の元気がないのが心配です……
お洗濯している時も
お料理をしている時も
お母様に元気がありません。
昨日エルフィがつまみ食いしているのを見ても何も言いませんでした。
怒られなかったエルフィの方が不思議そうな顔でした。
お母様、早く元気になってください……
私は今、妹達とお城の門の前に座っています。
あれ?
ムックルどうしたの?
突然ムックルが背中にエルフィを乗せて走っていっちゃいました。
待ってよ! ムックルー! エルフィー!
 
 
お母さん、元気ない。
いっつも、ぼんやり。
昨日エルフィがハチミツ舐めてもぶたなかった。
ちょっと寂しい……
お母さん元気出す!
お父さん匂い
ムックル。行こ!
あっちの方。
待ってて、お父さん!
 
 
なんかエルルゥおばさん元気がないみたいだ。
俺ってあんまりそういうのわかんないけど、なんかそんな気がする。
だって昨日、エルフィがハチミツ勝手に食ってたのに怒んなかったんだぜ?
いつもなら、
「こら! エルフィー!」
とか言って怒るのに。
絶対おかしい。
お?
どした、ムックル?
あ、おい!?
突然走りだしやがった……
追いつけるわけないじゃん……
 
 
エルルゥおばさまにげんきがないです。
カスミはなにかいたしましたか?
ひょっとしてふくをよごしてしまったからですか?
もうしわけございませぬ……
む?
ムックルどうした?
エルフィねぇさま〜
もどってくだされ〜
 
 
懐かしい草花の匂いが鼻孔を刺激した。慣れ親しんだ居城の外壁が見えてくると、兵士達の感慨はひとしおのようだ。皆早くそれぞれの家族の元に帰り、安心させてやりたいのだろう。
だが、ハクオロ達の顔は晴れなかった。戦において敗北して士気が高まるという例は少ないが、それにしても今回は余りにも内容がお粗末すぎた。
完全に相手にしてやられた。
しかしながら原因がこちらの判断ミスにあるのは明らかであった。
何も考えずに森に入らせ多くの兵を焼き、破れかぶれの進軍でいたずらに兵を失った。おまけに騎兵衆の要であるクロウは大怪我を負い、戦線への復帰にはしばらく時間がかかりそうな程だ。彼自慢のウォプタルも主の負傷でどこか不安げである。
ハクオロが陰鬱な表情でウォプタルの歩を進めていると前方から大虎が走り寄って来た。トゥスクルが誇る大食漢、ムックルだ。
アルルゥを母親として育った彼は人間に抵抗がない。よくその広い背にエルフィやカスミを乗せて走りまわっている。以前はアルルゥやカミュがその場所を独占していたが、ある時を境に決して乗ることはなくなった。それがどういう理由なのかは彼女達しか知り得ない。
背中には娘のエルフィが乗っていて、ハクオロの傍まで来るといきなり彼に抱きついた。
「お父さーん!」
「エルフィ!? どうしたそんなに慌てて」
突然胸に飛び込んできた娘に驚いて顔を見ると、大粒の涙を流していた。自分が生まれてから初めて経験した父の出陣に、知らず知らずのうちに寂しさや焦燥が募っていていたのだろう。それが父と再会し途端、一気に溢れたに違いない。小さな身体を父の胸に押し付け、離すまじと力一杯服を掴む。
「……っず……おどう……お父さん……かえっで、かえっでこないがと……おもっだ…………」
「エルフィ……」
人一倍甘えん坊な娘はきっと夜な夜な母に尋ねたのだろう。父はどこに行ったのか。父はいつ帰るのか、と。その度に、優しい彼女の母もこうして彼がしているように頭を撫でてやるのだろう。
今、腕の中で泣き崩れた娘の頭を撫でてやりながら彼は母国の門をくぐったのだった。
 
門を抜け、乗っていたウォプタルをエルフィと共に降りると、すかさず他の子供達が駆け寄ってくる。普段はエヴェンクルガの礼儀を尽くす末娘のカスミも、この時ばかりはエルフィ同様飛びついてきた。数歩遅れてコノハもそれに続く。
「お父さん!」
「おとーさま!」
「ただいま。コノハ、カスミ」
愛らしい娘達を抱きしめてやると二人とも嬉しそうに頬を緩めている。エルフィのように泣くことはないが、やはり二人とも不安だったようで、あたかも存在を確かめるように頬を摺り寄せたりしている。
さっきまで父を独占していたエルフィが恨めしそうにハクオロを睨んでいる。背中から妙なプレッシャーを感じた。
「……お父さん、エルフィにも!」
「え? ああ……」
「んふー……」
何故かエルフィに母親と同じものを感じたハクオロである。
「お帰り、父さん」
「ただいま、ハヤテ。母さん達をしっかり守ってくれたか?」
「当たり前だろ。それが俺の役目だからね」
生意気なその口調がむしろ我が家に帰ってきたのだという実感を与えてくれる。立派に自分の仕事を果たし、誇らしげに胸を反らしている。
(それに比べて私は……)
ハクオロは何故だか息子を直視することが出来なかった。
その屈託の無い笑みが眩しかったのかもしれない。
 
 
出迎えに来た子供達に別れを告げ、すぐにその表情を引き締める。自室へと戻ることはない。彼はまだ郷里の安息を噛み締める余裕は無いのだ。先程子供達と戯れはしたが、やはり気は晴れなかった。罪の無い兵を自らの短慮で殺してしまったという後悔が心を取り巻いている。出迎えに来た女達の涙がそれを実感させる。できれば子供達に会いたくなかった。子供達に感じさせたくなかった。
そのまま会議室へ移動すると、そこにはもうすでにいつもの面々が集まっていた。留守を預かっていたベナウィとトウカが奥に座し、エルルゥが茶を配っている。いや、正確には一人少ない。先の戦いで負傷した「彼」は、妻のトルテに連れられて部屋に運ばれている。
ハクオロが上座に着くと同時にベナウィが口を開いた。
「それでは御報告をお願いいたします」
「ああ。我々は、戦地に着いた翌朝から進軍を開始した。事前の偵察で敵の凡その戦力と地形を把握していたので全滅させるべく、だ。その後敵本隊をクロウ・カルラに任せ、私はオボロ達とさらに進軍。正面の森を歩兵衆に突破させ、私は騎兵衆を率いて森を迂回するつもりだった。しかし……」
ハクオロが続けようとした時、グラァが彼を制した。
「そこは僕が説明します。僕達が森に入った時、何か嫌な感じがしたんです。足元がざわついて、背中が寒くなるような……。僕とドリィは、若様と乗っていたウォプタルを木に繋いでいたので進軍が少し遅れました。すぐに前方の皆に続こうとしたんですけど、その時先頭を行っていた集団の足元でものすごい爆発が起こったんです」
グラァの爆発という言葉に一同が言葉を失った。皆一様に驚きを張り付かせている。
「その爆発というのは一体……?」
全員の気持ちを代表してベナウィが尋ねた。
「今思えば、あれは、あの炎は、俺たちがシケリペチムに攻め込まれた時砦を焼いた時の炎に似ていた。……兄者、もしかして」
オボロの言葉にドリィ達も合点がいったようだった。三人がハクオロを見やる。
「私も、もしやとは思っていた。あの時上がった炎はまさしく三人が言うものだ。だがあれは……」
今度はエルルゥが注目を集めた。
「ありえません! ありえませんよ。あれは禁忌です。もし相手に薬師がいるのなら、それを戦に使うなんてことは考えられません! 私も、お祖母ちゃんに何度も言われました。『これは決して無闇に使うな』って」
「しかし、エルルゥ、俺はこの目で見た! アレは確かにその『禁忌』だった! ……それに、アレがもしそうでないなら。俺達は、俺の部下は一体何に殺されたというんだ!」
「「若様……」」
オボロが立ち上がってエルルゥに詰め寄った。今にも掴みかからん勢いである。慌ててドリィが彼を止めようとする。だが、それより先に彼の顔に槍の切っ先が触れる。
「オボロ、落ち着きなさい。エルルゥを責めても仕方がないでしょう。彼女に罪はありません。……ですが、部下を失ったその気持ちは分かります。エルルゥ、心苦しいでしょうが話を聞く限りでは禁忌が使われたことはもはや確実でしょう。ですから貴方の力を貸して下さい。貴方が御婆様から受け継いだ、その知識を」
エルルゥはしばらく黙っていた。そしてそのまま静かに部屋を出て行った。言葉より雄弁な彼女の意思を感じた一同は彼女を止めることが出来なかった。
「……エルルゥには後で私から謝っておく。それより続きだ。私はその炎を見た後、来た道を引き返した。別れたオボロ達と森の入り口で落ち合い、そこにクロウとカルラも合流した。我々は森への進軍を諦め、皆で森を迂回した。これがそもそも間違いだったのかもしれんな。細い道に密集したまま進んでいた私達の前に、敵の弓兵が待ち伏せしていたのだ。前・頭上・さらには横の森からも一斉に矢を射られ、おまけに背後から来たえらく重装備の兵によって退路も塞がれてしまった。なんとか後方の敵兵をオボロ達に突破してもらい九死に一生を得たが、クロウを負傷させてしまった……すまない、ベナウィ」
クロウの名が出た瞬間、ドリィの身が強張った。彼の挙動を見たベナウィが凡その事態を悟ったらしく、特に言及はしなかった。
グラァが言った。
「兄者様、敵の使っていた弓ですが、どうしてあれほど離れた位置から僕達を攻撃できたのですか? それに威力が全然違いました。肩当を突き抜けてきたんです!」
グラァは疑問に思っていたらしい敵の弓について話し出した。すると今まで黙っていたトウカが何か思うところがあるのか口を開いた。
「グラァ殿。もしかしたらですが、敵はその弓を構える時、矢を手で引かなかったということはありませんか?」
思わぬ所からの一言に彼はびっくりして彼女を見た。
「トウカさんの言う通りです! 僕もおかしいとは思ったんです。普通弓を構えたら矢を添えて利き手で引くのに、敵はそれをしませんでした。それによく思い出してみると、確か弓を横にしていたんです。トウカさん、もしかしてあの弓を知っているんですか?」
「トウカ、何か知っているのか? 出来れば説明してくれないだろうか」
ハクオロもトウカの意外な知識に興味を持ったようである。
「某も詳しくは分からないのですが、それはエヴェンクルガに伝わる『オオユミ』と呼ばれるものだと思います。通常の弓より巨大で、手ではなく足や腰の力で弦を引くため、かなりの威力が出るものです。遥か昔には普通の弓ではなくそれを使って戦った者もいると聞きます。ただ、最近の者でそれを使っているというのはあまり……」
「そうか、だが敵はそれを大量に投入してきた。これはつまり、敵がそのオオユミを使いこなしていることだ。そしてそれ以上に恐ろしいのは、敵軍にもエヴェンクルガがいるということだな」
「はい。真に残念ですが……」
エヴェンクルガがいる。
この事実はここにいる面々に少なからぬ衝撃を与えた。
何故ならそのことが及ぼす影響が、兵達にとって非常に大きいからだ。クッチャケッチャに攻め入った時、敵の武将だったトウカを見て兵達は惑った。つまり、エヴェンクルガの存在はそのままその軍の正当性を認めるようなものだからだ。おまけに、と言っては語弊があるが、彼の一族の者は非常に高い戦闘能力を有している。一兵卒ではまるで歯が立たない。
一同の心情を悟ったのか、ハクオロは一度解散を命じた。それぞれが重い足取りで部屋を出て行く。
ただ一人を除いては……。
 
 
ドリィは走った。
出来るだけ早く、あの人の元にゆくために。
本当は会議に出る時間さえ惜しかった。出来るだけ早く彼に、彼の家族に謝りたかった。
寸暇を惜しむような疾走はドリィをすぐに部屋へと導いたが、彼の部屋の前に着いた途端足が止まる。呼吸は速くなり、ものすごい息苦しさだ。心臓の鼓動は幾何数的に増し、だが身体はどんどん熱を失っていく。
意を決して声を出す。自らを叱咤するように。
「ドリィです。クロウさん、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、お入り下さい」
聞こえたのは彼の声でなく、女性のそれだった。
エルルゥ様だろうか? いやこれは……。
彼が入り口に立っていると、内側から声の主が戸を開けてくれた。眼前には女性特有の整った鼻筋が見える。背は自分より少し高い。戸の近くに立っていたこともあって、不意に接近した彼女の顔に驚く。
女性の名はトルテ。元々はエルルゥが始めた薬師養成所の生徒で、現在はクロウの妻である。カルラやウルトリィのような洗練された美しさは無いが、単なる町娘には無い独特の雰囲気を持っている。年齢も彼女らとそう違わないのだが、生来の姐御肌なのかエルルゥなどは姉のように慕っている。
中に通されたドリィは、普段なら感じるであろう生活臭が無いことに気づく。辺りに漂うのは薬草を煎じた時のあの匂いだけだ。さらに目の前の布団に寝かされたクロウの痛ましい姿に改めて自分の愚かしさを感じた。つい先程まで彼女が巻きなおしていたのか、どす黒くその色を変色させた包帯が枕元に置かれている。
横たわる夫を見て立ち尽くすドリィに、トルテは座るよう促した。だが彼は座るどころか額を床に擦りつけた。
「申し訳ありません。僕の不注意で、貴方の大切な方を傷つけてしまいました。僕が不甲斐無いばかりに、クロウさんは負わなくてよい傷を受けました」
「謝らなくてもいいのよ。あの人は、もちろん私も、貴方を恨んでなんていないわ。たまたま運が悪かっただけよ。気にしないで……」
「しかし! 全て僕の責任です。もし貴方が望むなら、これで……」
そう言って彼は懐から一振りの短刀を取り出した。刃渡りは五寸程で鞘には蒼い紐が掛けられている。ゆっくりとした動作で刃を引き抜き、彼女の前に置く。
その刀を見た瞬間、トルテの表情が変わった。夫を見舞いに来た訳有りな青年へのそれが怒りに溢れる。
部屋に乾いた音が響いた。
ドリィには何が起こったのか分からなかった。が、次第に熱を帯びだした己の頬に触れて初めて、トルテの行動を理解した。怒りと悲しみの合わさった視線が彼に突き刺さる。
静かに、だがはっきりとした口調で彼女が言った。
「そんなことをして、この人が喜ぶとでも思っているの?」
「トルテ、さん?」
「この人は自分の仕事に誇りを持っているわ。戦場では誰よりも前に出て、矛となり、盾となって皆を守ろうとしている。一人でも多くの人に涙を流させないために。だから、この人が貴方を守ったのも当然のことをしただけよ。……私は、夫が戦地に赴く時常に死を覚悟しています。多分、それはこの人も同じでしょう。だから、もし貴方がこの人に生かされたというなら、その生命を大切になさい。精一杯生きなさい。……二度と私やこの人の前で、生命を軽んじることをしないと約束して頂戴」
叩かれた驚きで手から落としてしまっていた鞘に刃を戻してドリィの手に握らせる。彼女はそのまま彼に近づくと、両手で手を包み込んだ。
その時の温もりを彼は生涯忘れないだろう。厳しい中にも優しさがあった。自分より小さいはずの手が、何故だかとても大きく感じた気がする。
(お母さん……)
今は無き母がいるようだった。
「さあ、早く行きなさい。貴方にはやらなくてはいけないことがあるでしょう?」
「はいっ!」
迷いの無い真っ直ぐな瞳をトルテに向け部屋を飛び出した。
そうだ。僕にはやることがある。ありがとう、トルテさん……。
 
「母ちゃん、あんな恥ずかしいこと、よく言えるなぁ」
「うるさいね。いいじゃないか。それより、あんたこそ寝たふりなんかしてんじゃないわよ」
鋭い拳が顔面を襲った。
「痛てて!? おいおい勘弁してくれ。俺は怪我人だぞ」
「はいはい。……ねぇ、あんた」
「あぁ?」
「おかえりなさい……」
トルテは愛しげに夫の頬を撫でた。
目元が光ったように見えたのは気のせいだろうか。
 
 
会議を抜け出した後、彼女は部屋に戻っていた。何か考え事をする時の癖で意味もなく薬草を煎じている。
単純作業はいい。何も考えずに手を動かしていると、次第に嫌なことも忘れられる。視線は目の前の薬草にのみ向けられる。最初はしっかりと識別できた草が粉々になっていく様を見ていると自分の悩みも無くなっていくように思える。
「またそんなことしてる」
「アルルゥ……?」
視線を上に上げると妹のアルルゥが腕を組んで立っていた。以前と言葉遣いは変わらないが、彼女もまた成長した。少女のそれだった身体も大きくなり、女性らしさが増した。髪も前より長くなっている。胸も……悔しいが姉を悠々と越えている。腕を組んだときに持ち上げられた「それ」がいかにも重そうで憎らしい。
「それ、お姉ちゃんが考え事してる時の癖」
「うるさいわね……。いいでしょ、別に」
さすがにそのまま続ける気にもならず、器を棚に戻そうと立ち上がった。
「お父さんと喧嘩?」
思わず立ち止まる。考えていることはやはり子供らしい。
「アルルゥったら。もう……。ハクオロさんがね、戦で禁忌を見たって言うの。そんなことあり得る訳ないのに……。お祖母ちゃんの薬が、人を殺す訳がないのに」
「嘘」
「え?」
「お姉ちゃんは信じたくないだけ。お祖母ちゃんが教えてくれたことで人が死んじゃうと思いたくないだけ」
いつもと違う真面目な妹に驚きを覚える。
「違う! 私は別に……」
「違わない! お姉ちゃん間違ってる。お祖母ちゃんの薬、皆を殺すためじゃない。皆を生かすため。アルルゥは薬の事は知らないけど、それは分かる!」
それだけ言うとアルルゥは部屋を出ていってしまった。走り去る足が止まることはない。
「あんなにはっきり否定されたのは、初めてかな……」
妹というより、どこか娘のようだった彼女はもういないのかもしれない。自分を叱った妹の顔に祖母の面影を見たような気がした。
友人との別れが彼女を成長させたのだろうか?
後に残されたエルルゥは妹の言葉を反芻した。
「皆を生かす、ため……か」
 
 
ハクオロはオボロやグラァと共に城の前庭に来ていた。彼の手にはトウカの話を元に試作したオオユミが握られている。
彼は持っている弓をグラァに手渡す。横で見ているオボロは不思議そうである。
「それじゃあグラァ、やってみてくれ」
「はい」
「しかし本当にできるのか? この距離から門を狙うなんて」
グラァが腰に縄を巻きつけた。その縄の一箇所から伸びている弦を背中から肩に通し、胸の前で弓を地面と平行に構えた。ぎりぎりとぶれる弓を左手で修正し、右手を出っ張りに添える。そして門の横にある巻き藁に照準を合わせると出っ張りを一気に押し込んだ。
矢が放たれた瞬間、すさまじい衝撃が胸に響いた。反動で倒れそうになるのを慌ててオボロが支えてやる。
結果を知らせに来た兵士も驚いていた。彼の話だと矢は巻き藁を貫通し、石壁に突き刺さったという。
「なんだ!? この威力は……。兄者、一体どうやってこんなものに対抗するんだ? 離れていてあの威力だ。とても近づくことなどできないぞ!」
「確かに……。僕達が使っている弓とは比べ物にならない……」
「だが、これを攻略しないことには勝機は無いぞ? それに敵は禁忌まで使ってくるのだ。あの森を抜けるのは、あまりにも危険すぎる」
「っく! どうすりゃいいんだ……」
「僕に考えがあります!」
突然聞こえた声に驚いた。会議が終わってからいずこへかに消えたドリィが姿を見せたからだ。
「ドリィ、どこへ行っていたんだ。それより、その考えというのは?」
ドリィが息を切らしてやってきた。その後ろには何故か弓組を従えている。
「申し上げます。今のグラァの射撃を見ても分かりますが、このオオユミは準備に時間がかかります。背筋を使って弦を引くため、照準を合わせにくいからです。そこに付け入る隙があります。僕とグラァの部隊が隊列を組み、連続で矢を放つんです。一列目が撃ったら列の最後尾に下がり、二列目がそのまま撃ちます。こうすれば弓を構える時間が短縮できるし、敵に準備する時間を与えなくて済むと思うんです」
「なるほど。そのための弓組という訳か……」
「はい!」
「だが、兄者。オオユミの方はそれでいいのかもしれないが、禁忌の方はいいのか? 俺達が森を攻めないと分かったら、敵はそれこそあの道に戦力を集中させるんじゃないか?」
オボロの意見ももっともである。来ないと分かっている道に戦力を回すような戦術は採らないだろう。
「やはり森を進む方法も必要になってくるか……。グラァ、そういえばさっき話していた嫌な感じというのはなんだ?」
「いえ、そんなに確かなものではないので……」
「構わん。続けてくれ」
「それでは……。多分ドリィも感じたんじゃないかと思うんですけど、森に入った時から寒気がしました。足元が不安になるっていうのかな?」
グラァが同意を求めるようにドリィを見る。
「グラァの言うとおりです。そういえば、僕達が前に兄者様から仰せつかった任務では、蔵の中に仕掛けを作りましたよね? あれを地面の中に仕込んでいた、というのは考えられませんか?」
「それは……『出来ますよ』」
弓組の中から一人の女性が出てきた。
「エルルゥ!?」
「「エルルゥ様!?」」
「エルルゥ……いいのか? 禁忌は……」
人一倍戦を嫌う彼女がここに来たことをハクオロ達は信じられなかった。それが禁忌のことともなると尚更だ。事実、彼女は会議の途中でその場を後にしている。
「いいんです、本当は教えてはいけないことだけど。そのせいでたくさんの人が死ぬのはもっと嫌ですから……。お祖母ちゃんも、きっと許してくれるはずです……」
俯いていた顔を上げた。嫌々では、ない。
手にした木箱を一同の中心に据える。
「これくらいの木箱を地面に埋めて上から土を被せるんです。そしてこの上を通ると重さで中の瓶が割れて、同時に……爆発します」
彼女の説明によってあの爆発の仕組みが明らかになった。要は地雷のようなものであるということだ。皆の顔に僅かながら光が注す。
「重さで作動するならそれほど深くは埋まっていないのかもしれないな。だがそうだとしても、根本的な解決にはならないな。これをどうやって取り除くか……」
「「兄者様、その役目僕達に任せて頂けませんか?」」
「何か考えがあるのか?」
「「はい! でも今はまだ説明できません。もう一度あの場所へ着いた時には、必ず突破してみせます!」
僅かな乱れも無く言い切った二人の表情は自信に満ちていた。
 
 
今日も私が一番ですのね
ハクオロ達との会議が終わり、カルラが訪れたのはいつもの場所であった。ここは彼女がいうも酒を楽しんでいる縁側である。四季折々、様々にその表情を変え、夜は壁にもたれると月を楽しむことも出来る。彼女がこの城で最も好んでいる所だ。
たまにトゥスクルを訪れたウルトリィや政務を終えたハクオロと席を共にすることもある。だが子供が生まれてから彼は出来るだけエルフィ達といることを心掛けているし、カルラ自身もそうすることを望んでいるのか、あまり酒に誘わなくなった。ウルトリィはというと、彼女は正式にオルヤンクルを受け継ぎ、なかなかオンカミヤムカイを離れる機会がなくなった。そのため、最近では会うことすらあまりなくなっている。
ただ、彼女は現在の状況に不満を漏らすようなことはしない。時折通りかかったハクオロにしなだれたりするものの、無理には誘わないのだ。
誰にも縛られず。
誰をも縛らず。
それが、彼女であるから……
 
美味しくありませんわ……。
普段は心身を満たしてくれる酒が、今日は美味しく感じない。飲めども心は晴れないし、身体の疲れが取れる気配もない。それに何だか、遥か彼方の月にさえ霞がかかっているようだ。薄ぼんやりとした光がだらしなく広がっている。
どうやら今の私は、歓迎されていないようですわね。
ふと横に立てかけた刀に目をやる。特別に作らせた大刀はそこに置かれているだけで威厳を放っているように思う。
これで切れないものもあるんですのね。
彼女の使う得物は通常の刀とは用途が異なる。切り殺すというよりむしろ、重さで断ち切るのだ。故に相手がどんな鎧を身に着けていようとそれごと殺すことができる。そして彼女は今までそうしてきたのだ。
しかし先の戦いはそうはいかなかった。ハクオロ達が窮地に陥った時に背後から攻めてきた兵士達は見たこともないような甲冑を身に着けていた。丁度肩当を全身にくっつけたようだった。
普段なら苦も無く屠れるはずの攻撃が通用しない。それは彼女にとって何よりの苦痛であった。
私には、これしか無いというのに……。
 
彼女が最後の徳利に手を伸ばそうとした時、不意にその徳利が姿を消した。訝りながら背後を見やるとそこには呆れた顔で彼女を見るトウカが立っていた。
「そなたという奴は……」
「あらトウカさんじゃありませんか。どうです、御一緒に?」
「結構だ。全く、姿が見えないと思ったらこれか? 少しは緊張感を持ったらどうだ。それに兵達から聞いたぞ。敵方の見たことの無い甲冑を着た輩に苦戦したそうだな? そなたらしくもない。そなたは戦闘に関してだけは信用できると思っていたのだがな。だいたい…………」
「お黙りなさい」
「何!?」
「聞こえませんの? 『黙れ』、と言ったのです。折角のお酒が不味くなるじゃありませんか」
「ふざけるな! 某は真面目な話をしているのだ!」
「いい加減になさい。貴方にそこまで言われる筋合いはなくてよ? というか、最近少し調子に乗りすぎなのではありません? あぁ……そうですわね。エヴェンクルガの武士(もののふ)としての立場を捨て、女の幸せを手にした今、それも仕方の無いことなのかしら? 案外、エヴェンクルガの忠義というのは怪しいものですわね」
彼女は自分が信じられないでいた。自分の口から思っていないことが次々と溢れていく。繰り出される言葉がトウカにとってどういうものなのか分かっているのに。そして同時に、今のカルラは驚くほど無表情であった。
トウカの表情も変わっていく。先程までは普段繰り返しているようなやり取りだった。自分が彼女を注意し、それを彼女がはぐらかす。当然、今度もそうなると思っていた。
「……カルラ。いくら貴様でも、言って良い事と悪い事がある。エヴェンクルガが主君への忠義を貶されて、黙っているわけにはいかぬぞ?」
親友に向ける暖かい表情から戦闘時の「それ」に。腰に挿された愛刀の鍔元に左手を掛け、柄に右手を添える。体を右半身に傾け、体重をやや前に。洗練された動作は見る者に尊敬と畏怖を与える。
目の前の友が殺気を放ってもカルラは身を起こさなかった。呼吸も鼓動も落ち着いて、ただ口だけがせわしく動く。
「あらあら……。そんな怖い顔で睨まないでくださいな。まぁ、腑抜けた女の刃が私に通じるかは疑問ですけど?」
その一言が引き金となった。一端距離をとっていたトウカが一瞬で間合いを詰める。飛び込み居合いの要領で刀を振り抜く。狙うは頭頂部を僅かに掠る点。普通の者なら死への恐怖で頭をずらして避けるはずだ。いやそれは誤りかもしれない。普通ならそんなことを考える前に死んでいる。
カルラは動かなかった。動けなかったのだろうか? どうやらそうではないらしい。彼女は分かっていたのだ。トウカの性格からして、初太刀は必ず外すと。
微動だにせずに己の攻撃を見切ったカルラに内心舌を巻く。だが次は外さない。「外させない」。バックステップで再び距離を取る。そのまま刃を水平にし、相手の眉間照準を合わせる。
すぐさま突進。最も外すのが難しい刺突をもって親友に襲い掛かる。
そして直撃の瞬間、視界の端にちらりと捉えた顔を見て、思わず突撃を中止。勢いをそのままに正面の壁を蹴り、三角跳びで背後に着地した。
「カスミ!? どうしてここに」
「あらあら……」
いつの間にか娘のカスミが戸口に立っていた。その手はきつく握られていて、必死に感情の爆発を抑えているように見える。よく観れば、目元が僅かに濡れているようだ。尊敬する母といつも優しい母の友が争っているのを見るのが忍びなかったのだろうが、緊迫した雰囲気の中で声を出すことが出来なかったのだろう。
「ははうえ……っぐす……あらそいは……よくない……です」
いたいけな娘の姿に二人は毒気を抜かれたように殺気を振り払った。トウカは刀を鞘に戻し、カルラは落ちている徳利に手を伸ばす。トウカが娘をすまなそうに抱いてやると、途端に泣き出してしまった。
「すまなかったな、カルラ……。少々頭に血が昇ってしまった」
「私こそ……。ごめんなさいね、カスミ。貴方のお母さんを私は嫌いになったわけじゃないのよ?」
カルラがそう言って頭を撫でてやると、今度は彼女に抱きついた。先程までの能面のような顔は消え、普段の優しい「カルラおばさま」になる。
落ち着いた娘の様子を見て、トウカが手を引いてその場を去った。後に残されたカルラはふと自分がトウカに言った言葉を思い出す。どれも本当にひどいものだ。エヴェンクルガであることを差し引いても彼女はきっと怒っただろう。でも、
「私が言ったのは、本当に『思っていないこと』だったのかしらね……」
そう言ってまた杯を傾けた。
口に広がるのは、苦さのみ。
ほんと、美味しくありませんわ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
 
どうも、セシリアです。
 
長編第四話、如何だったでしょうか? 
今回は城内のお話でした。それぞれの感情をメインに書いています。今まで影が薄かったアルルゥ。トルテを出すことができたんで、結構満足しています^^ まぁ短いんですけどねw
 
カルラはなかなか書いてて楽しいです。色々複雑なんですよ、彼女は^^;
 
次回はいよいよ反撃開始です。ドリィ達は禁忌を見事攻略することができるのか!? カルラ・トウカ両名のそれぞれの戦いも見逃せません!
それでは^^