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うたわれるものSS
「メリークリスマス」 
 
 
「ねぇねぇ二人とも、知ってる? 今日ってクリスマスって言う日なんだって!」
「何それ?」
「私も知りません……」
アルルゥが親友のユズハの部屋を訪ねてしばらく時間が経った後、もう一人の親友がいきなり息を切らせてやってきた。
「あ〜やっぱり二人とも知らなかったかぁ……。あのね、クリスマスって言うのは、その国の皇が変わった年に皇は民に安息を、民は新しい皇への感謝の証として国の宝たる子供達に贈り物をするんだってさ」
どことなく暗記してきたような言葉である。
「おー」
「そんな風習があったんだ……。ところでカミュちー、どこでそのことを知ったの?」
何気ないユズハの問いに表情が泳ぐカミュ。
「えっ!? そ、それは〜、ちょっと勉強の合間に街に行ったときに……」
「カミュちーまた抜け出した?」
「あはは、ま、まぁそれはそれとして、二人とも、何がもらえると思う?」
誤魔化しながらうまく話題を摩り替える。この辺りは一番年上のことだけはあるのかもしれない。ちなみにカミュが勉強を抜け出すのは二人とも見慣れているのであえてスルーである。今も髭天使が彼女を探し回っているのだろうが、そんなことは皆忘れている。
哀れ、ムント……。
「んー、わかんない。でもハチミツほしい」
「アルちゃんほんとにハチミツ好きだね〜。ユズっちは?」
「私は……みんなが元気ならそれでいいよ」
ユズハは生まれつき身体が弱い。だから毎日エルルゥに診察してもらい、定期的に高価な薬を投与しなければならない。皆に人一倍迷惑をかけていると思っている彼女は、自分から何かを望むということをしないのだ。
「ユズっち、たまには甘える!」
「そーだよ! ユズっちは遠慮しすぎだよ。今日くらい甘えちゃいなよ」
「アルちゃん……カミュちー……ありがとう」
そう言ってユズハが笑うと、二人もつられて微笑んだ。花が咲いたように笑う彼女の微笑みが、親友達は大好きだった。周囲を幸せな気分にさせる、そういう力があるのかもしれない。
ひとしきり三人で贈り物について談義した後、アルルゥの提案で彼女らは部屋を出た。すなわち、直接くれる人に聞こうと思ったのである。
部屋の前で待っていたムックルにユズハとアルルゥが乗り込む。彼も本当は部屋に入りたかったようだが、入ろうとしたところをアルルゥに止められてしまった。
背に母の存在を感じながら彼は歩き出した。先頭はカミュである。
「あら、カミュ。それにアルちゃんとユズハちゃん。今日はどこに遊びに行くの?」
廊下を曲がったところでカミュの姉・ウルトリィと出会った。手にお盆を持っている辺り、どうやら誰かにお茶をもっていった後らしい。
「ウルトリィ様。こんにちは」
「ん」
彼女を見下ろす形で二人が挨拶した。
「今日は遊びじゃないんだ。そうだ、それよりお姉様、今日は何の日か知ってる?」
「え? ああ……ふふっ、クリスマス、でしょう?」
「おー」
さすがヨモルだけのことはあり、国の行事やしきたりには詳しいようだ。三人も感心したように彼女を見ている。
「さすがお姉様! ねえねえお姉様、どんな贈り物をくれるの?」
カミュが甘えた仕草で抱きついた。他の二人も興味津々といった顔で見ている。
ウルトリィは少し思案げな面持ちだったが、何かを閃いたように頷いた。心なしか表情が怖い。
「そうね、この中では……アルルゥちゃんとユズハちゃんは贈り物をもらえそうね」
「!?」
「え、ちょっと待ってよお姉様。アルちゃんとユズっちだけってことは、私はもらえないの!?」
彼女の発言はカミュに衝撃を与えた。アルルゥは思わずムックルから落ちそうになる。
「いいカミュ? クリスマスではね、大人は良い子にしか贈り物をしてはいけないことになっているの。だから、勉強が嫌だからといって抜け出したりする子には……分かるわね?」
ウルトリィの発言に顔が凍る二人。ユズハは一人おろおろしている。ウルトリィの腰に回されていた手は力無くほどけ、カミュは床にへたりこんでしまった。アルルゥもムックルの首に顔を伏せ、「しゅん」としている。
そんな二人の様子を見てか、ユズハが突如ムックルの背を降りた。やがて地に足が着くと、ウルトリィの側にやってきた。それから一度だけ二人の方を振り向いてから、彼女に言った。
「ウルトリィ様……私は、贈り物は要りません」
親友の言葉にさすがの二人も顔を上げる。
「「ユズっち!?」」
「どうして?」
ウルトリィも不思議そうな顔をしている。
「……カミュちーがもらえないなら、私はもらっても嬉しくありませんから……。それに、カミュちーとアルちゃんはいっつも私と遊んでくれます。私はみんなに迷惑をかけてばかり……。カミュちーが良い子じゃないなら、私はもっと悪い子だから……」
「違う!」
ムックルの上から飛び降りてアルルゥが叫んだ。そのままユズハの手をとると、力を込めて握る。カミュは後ろからユズハを抱きしめる。
「ユズっちは迷惑なんかじゃない! アルルゥもカミュちーも、ユズっちといたいから一緒にいる!」
「そうだよユズっち……」
「アルちゃん……カミュちー……」
ウルトリィが三人の前に膝を下ろした。そしてユズハに近づくと黙って頭を撫でてやる。他の二人にもそうして心を落ち着かせるように抱き寄せてやる。やがて優しい声で話し出した。
「三人とも、ごめんなさいね……。少し、言い過ぎてしまったわね……。ユズハちゃん、大丈夫よ……。貴方の気持ちはよくわかったわ。二人にも素敵な贈り物が届くといいわね」
「ウルトリィ様……」
「お姉様……」
最後に三人に別れを告げ、ウルトリィは去っていった。
とりあえず皆に贈り物がもらえると一安心したアルルゥは気が抜けたのか身体を廊下に投げ出している。
だが、カミュは少し違う。何か思うところがあるのか、腕を組み左手を顎へと据えている。
やがて何事かを呟き、いきなり窓に手を掛け、一気に飛び去ってしまった。
「ごめん、アルちゃん、ユズっち! 私ちょっとやることあるから!」
カミュは一体どこに向かったのだろうか。
 
 
アルルゥ達と別れたカミュはある人物を探していた。普段は自分を探してあちこちを走り回っているあの人を、今は自分が探している。自分の部屋、あの人の部屋、たくさんの場所を探したにもかかわらず、なかなか見つからなかった。いなくなった人を探す苦労を初めて実感するカミュであった。
「いないなぁ……。どこ行ったんだろ、ムント」
「私がどうかしましたか?」
「うきゃあっ!?」
いきなり背後から現れたムントに驚いて飛び上がった。
「びっくりしたぁ……。いきなり出てくるんだもん。あ、ムント、ちょっと」
「なんですかな?」
カミュがなぜか棚の中から座布団を持ってやってきた。彼の目の前にそれを置き、座るよう促す。
だが、明らかに彼は怪しんでいた。普段彼女の悪戯に辛酸を舐めさせられているのだから無理もない。目の前に置かれたものを恐ろしげな目つきで睨んでいる。
(一体何を考えておるんじゃろう? 座布団? はて……)
恐る恐るつま先を当ててみる。
以上は、無い。
ゆっくりと腰掛てみたが、別段普通の座布団のようである。なんだか拍子抜けした気分で座っていると、さっきまで間の前にいたはずのカミュが消えている。
おや、っと思案していると、背中に生暖かい感触を覚えた。次いで両肩に何かが触れた。首を捻って見てみると、それはカミュの手だった。そのままおずおずと揉み始める。
「ど、どお、ムント? 痛くない?」
「ひ、姫様、いきなり何をなさるのです!?」
普段見せない優しい手つきで肩を刺激してくる。決して大きくはない掌で全体を万遍なく揉み解してくれる。
「ムントにはいつもお世話になってるし、たまには肩揉みでもしないとなって思って……。イヤだった?」
「滅相もありませぬ!? このムント、歓喜の極みでございます!」
「えへへ、良かったぁ……」
今度は揉みではなく叩きに変える。揉み解して血行の良くなった両肩に適度な刺激を与えていく。
「こうしていると思い出しますなぁ。以前はよくウルトリィ様にもこうやって肩を叩いて頂きました……」
「お姉様も? ふ〜ん、ねえムント、お姉様とカミュ、どっちが気持ちいい?」
「はは、これは難しい質問でございますなぁ。ムントも年をとりましたので、姫様くらい強く叩いて頂く方が心地よいですぞ」
「ホント? やったぁ!」
彼の肩を叩きながら、カミュはその固さに驚いていた。揉めども揉めども柔らかくならない。
(ムントの肩、なんでこんなに固いの!? 全然柔らかくならない……。あ、そっか……ムントは)
カミュは気づいた。
そう、その固さは彼が苦労している証。ヨモルとはいえ、ウルトリィはまだ若い。時には彼女の知らないところで本国に連絡し、周囲の国とトゥスクルが戦にならぬよう取り計らっている。その上普段はカミュのお目付け役を担っている。しばしば逃げ出してしまう彼女を探すために老いた身体に鞭を打っていることだろう。
いつもは口うるさいムントだが、こうして一人の老人となった姿を見ていると、何故だか素直な気持ちになってくる。
「ムント……」
「何ですか?」
「いつも勉強の時逃げ出しちゃってごめんなさい……」
「姫様……。ふふっ、いいのですよ。姫様がそれくらい元気な方が、私も張り合いがありますぞ。姫様がアルルゥ様やユズハ様と仲良くしているお姿は、ムントも大好きでございます。それに、おしとやかで真面目な姫様……ちょっと想像できませんな」
「ちょ、ムント! 言いすぎ!」
「あたたた、痛いですぞ姫様!?」
ムントは痛がりながらも嬉しそうに顔を綻ばせている。一瞬ちらりと見えた彼の眼は父が愛しい娘に向けるもののようだった。もしかしたら、子のいない彼にとってカミュは娘のような存在なのかもしれない。
カミュはムントと戯れながら楽しいひと時を過ごし、彼が席を立とうとする瞬間に耳元で囁いた。
「いつもありがとう。大好きだよ、ムント……」
彼が後ろを振り返った時、彼女の姿はどこかに消えていた。
 
 
「聖上、お疲れ様です。如何でしたかシケリペチムの城下の様子は?」
ハクオロが視察から帰ってきた所を、侍大将のベナウィが講堂で迎えた。彼に随伴していた側付きのトウカを先に部屋に下がらせ、彼らはいつもの執務室へと移動する。彼女と入れ替わり入ってきたエルルゥから茶を受け取ると、まずは一口飲んで疲れを癒す。
「ああ、民達は皆懸命に復興に向け頑張っていた。ベナウィが編成してくれた援助隊の活躍もあってか、あれだけひどい有様だった町並みが少しずつ戻っているよ」
「そうですか、それはよかった。復興中の町は治安が悪化しやすいですから、兵達がいればその抑止にもつながりますしね」
ベナウィもハクオロの報告に満足そうである。先の戦いで広大なシケリペチムの領地を獲得したはいいが、実のところその復興は二人の悩みの種だったからだ。下手に放置しておけば盗賊達のねぐらになりかねないということもあって、復興は急務なのだ。
「ところでハクオロさん、その後ろの包みはなんですか?」
二人の話を座して聞いていたエルルゥが尋ねた。確かに、ハクオロの後ろには幾つかの包みが置かれている。大きさや長さも様々である。
「ああ、これか……。そうだな、確か……」
そう言ってハクオロが一つの包みを彼女に手渡した。何だろうという表情で包みを見ていたエルルゥだが、ハクオロが開いてみるよう手で促すと恐る恐るといった手つきで封を解いていく。
「わぁ……綺麗……」
取り出された鼈甲が美しい櫛が彼女の手にのっていた。鈍い光沢を放つそれは一個の美術品のような意匠である。派手すぎず、だがしっかりと存在感のある所が彼女にばっちり嵌まっている。
「ハクオロさん、これは……」
「今日はクリスマスだろう? 丁度シケリペチムの市で売っているのを見つけたんだ。エルルゥに似合うんじゃないかと思ってな」
「これを私に?そ、そんな悪いですよ」
慌てて持っていた櫛を包みに戻しハクオロの方へと戻そうとする。しかし彼はそんなエルルゥの動きを手を前にかざして抑える。
「いや、気にしないでくれ。それにエルルゥには普段から世話になっているからな。もらってくれると嬉しいんだが」
だが彼女は尚も迷っているらしい。手を包みに再びかけようとはせず、眼だけが櫛を見つめている。
その様子を横手で覗っていたベナウィが彼女に助け舟を出した。
 「もらってもよろしいんじゃないですか、エルルゥ殿。今日くらいは甘えても構わないでしょう。聖上もそれを望んでいるのでは?」
 「ベナウィさんまで。……本当にいいんですか、ハクオロさん?」
 ベナウィの一言が決め手となったのか、ついに彼女も観念したようだ。おずおずと櫛に手を伸ばしゆっくりと髪にあててみる。そのまま一度髪を梳いた彼女の顔は喜びに溢れていた。
 ハクオロに礼を言って部屋を後にした彼女の後姿は嬉しさに満ちているように二人には感じられたのだった。
 「聖上も大変ですね。視察の間に時間をお作りなるなんて」
 「いや、大したことではないさ。そうだ、ベナウィにも……」
 次にハクオロが取り出したのはこれまた小さな包みであった。丁度硯くらいの大きさだろうか。
 中には一本の筆が入っていた。毛先は綺麗に整えられ、筆の末端の方は金の模様が入っている。見ただけで、高貴な人物が用いるものだとわかる。
 「しかし聖上、臣下の私などがこのようなものを……」
「さっきエルルゥに言っていたな『今日くらいは』と? ベナウィだって同じだよ。お前にはいつも助けられてるしな。まぁ、それでこれからも政務を頑張れ」
「なるほど。つまりこれは聖上が楽をする布石……という訳ですか」
「お、おい違うって!?」
「ふふっ、冗談ですよ。ありがとうございます」
彼がそう言ってひとしきり雑談を交わした後、ハクオロが腰を上げた。
「それじゃあベナウィ、私は『仕事』があるから失礼するよ」
残った包みを袋に詰め、重たげに歩く彼の背が闇に消えていった。
 
 
ハクオロがまず向かったのはカルラのいる縁側だった。部屋に行かなかったのは彼女がいるのは確実にここだという確信があったからに他ならない。
縁側の手摺の前に彼女はいた。しかし隣にはもうひとり誰か座っているようだ。
「ほぉ、今日はウルトリィも一緒か」
「あら主様、いつお戻りになられましたの?」
二人の側によると、彼に気づいたカルラが声を上げた。続いて、隣のウルトリィも会釈をする。
「お疲れ様ですハクオロ様。今日は私の方からカルラを誘いましたの」
「珍しいな。てっきりカルラに捕まったのかと思ったが」
「主様ったらひどいですわ。それじゃあ私が人に無理やり飲ませているみたいじゃありませんか」
「ははっ、そうだな」
カルラといつもの冗談を交し合いながらウルトリィの顔をちらりと見てみる。普段通りの微笑みにも見えなくもないが、何故だろう、何か陰りがあるように感じる。
ハクオロの視線を感じたのか、ウルトリィが視線を手元の杯に向け、やがて静かにしゃべり始めた。
「……今日カミュ達にひどいことを言ってしまったんです。最初は少し脅かそうと思っただけなのですが……だんだんあの子の顔を見ているうちにいらいらしてしまいました。私達はヨモルであって、いつまでも普通の少女のようにしているわけにはいきません。あの子にもそれを自覚してほしくて、つい……」
「そうか……」
ハクオロはウルトリィの気持ちが手に取るようにわかった。皇女である彼女達はいずれ国を支えていかなければならないし、そうなればカミュはトゥスクルだけではなく各国を廻って外交施策にあたらなければならない。それがいつまでもただの少女であることは許されないのである。
「いいじゃありませんの」
「カルラ!?」
カルラのこの発言にはさすがのウルトリィも声を上げた。幾分か怒気が含まれている。ハクオロもたしなめるような眼を彼女に向ける。
「今あの子達は強い絆を築いている最中ですわ。共に笑い、互いの気持ちを理解しようとしている。ヨモルは国同士を争いの起こらぬように結び付ける大切な役目でしょう? 友と絆を育めぬ者が国を結びつけることはできませんわ。それは……貴方も分かっているんじゃなくて?」
カルラの言葉はウルトリィに驚きを与えたようだった。普段の自由気ままな彼女ではない。真剣な眼差しと言葉には深い思慮が含まれている。
ウルトリィはしばし友の横顔を見つめ、やがて持っていた杯を一気に煽った。
「カルラの……言うとおりなのかもしれませんね……。私自身、焦っていたんです。それに……少しあの子が羨ましかった……。私はああやって友人と遊んだことがありませんから」
「しばらくはカミュのしたいようにさせてやってはどうだ? ウルトリィも、自分と同じ寂しさをカミュに味あわせたくはないだろう?」
「はい……」
思いがけないウルトリィの素顔を見ながらハクオロはそう言うのだった。
「ところで主様、ここへは何をなさりにいらしたんですの?」
気を取り直してカルラが言う。手には再び徳利が握られている。
「ああ、そうだった。まずはウルトリィ、これを」
「あら、何でしょう? まぁ、綺麗な指輪……」
彼女の眼に飛び込んできたのは美しい指輪だった。純度の高そうな銀を基調として、中心には透き通るような水晶が嵌めこまれている。
彼女はそれを指にはめ、一度宙に手をかざすと嬉しそうに眺めている。
「あらあら、妬けてしまいますわ。いいですわねウルトは。主様は私をぼろ雑巾のように捨てるんですのね……。いいですのよ、私は所詮卑しいケナム……。さようなら主様、私は……」
「待て待て!? 何故そうなる……。ったく、お前にもちゃんと用意してある。ほら……」
「あら、何ですの? ……お水、ですか?」
包みの中から出てきたのは瓶に入った透明な液体だった。確かに彼女の言うとおり、見方によってはただの水にも見える。瓶には特に何も書いておらず、それだけでは何かわからない。
「これは酒だよ。だがカルラが普段飲んできたものとは違って、清酒と呼ばれるものだ。ためしに飲んでみたらどうだ?」
「清酒……。興味深いですわね。それでは御言葉に甘えて……」
彼女は促されるままに封を切った。自前の杯を手に取り、八分目程度につぐ。まず匂いを嗅ぎ、最初はちびちびと舌で転がすように含み、やがて一気に飲み干した。
彼女の顔が驚愕に満ちる。
「これは、すごいですわ……。今までに味わったことのない、すっきりとした味わい。普通の酒にはあるような独特の粘つくような感覚が全然ありませんの。主様、これはどうやって造りましたの?」
「まぁまぁ、落ち着け。これは私が以前シケリペチムを訪れた時に酒処の者に教えたんだ。あの場所は近くに綺麗な水処があるからな、酒造りには最高の場所だと思ったんだ。普通の製法に比べて時間や手間がかかるし、量も少ないが、味はごらんの通りだ。シケリペチムの再興を助ける意味でもこの酒はあの街にとって大きな存在になるだろうな。それが今回の視察でようやく完成したんだ。これは、その時できた酒をほんの少しだけ分けてもらったものさ」
「そんな貴重な物を私に……主様、ありがとうございます」
どうやら機嫌を直したらしい彼女はウルトリィと何やら談笑している。このままだと酒盛りに付き合わされると感じたハクオロは見つからぬようにその場を後にした。
 
 
次にハクオロはオボロ達の部屋にやってきた。
「お、兄者じゃないか。大変だったな、シケリペチムはどうだった?」
「「おかえりなさい、兄者様!」」
三人もカルラ達同様酒盛りをしていたらしい。オボロを中心にして左右に双子のドリィとグラァが座っている。
「ああ、大分復興が進んでいたよ。民は皆元気だったし、市も活気があったな。と、ほら、三人に私から」
それぞれに包みを配っていく。オボロの前にやたらと重そうな塊が置かれた。
「あ、兄者……このデカイ壺はなんだ?」
「それはよく効く傷薬だ。お前訓練でよくベナウィとかトウカにやられてるみたいだからな。これで怪我しても大丈夫だろ?」
「「兄者様……いくらなんでもそれは……」」
二人が苦笑いを浮かべながらハクオロに言った。オボロが部屋の隅でいじけている。聞けば、なにやらすすり泣きがするような気がする。
「「でも僕達なんかが兄者様から贈り物などいただいては……」」
「気にしなくてもいいさ。それに今日はクリスマスだろう? 私が皆に贈り物をしても罰は当たらないさ。さぁ、開けてみてくれ」
包みを再び彼らの前に押すと、二人はそろそろと布を剥いでいった。先に中身を見たグラァが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「すごい! ドリィ見て見て、すごく綺麗な弦だよ!?」
「うん! それにただ綺麗なだけじゃなくて、僕のは精度が高くなるように細めの弦だし、グラァのは威力が高まるように太めだね」
「気に入ってくれたか?」
「「はい! ありがとうございます、兄者様!」」
二人はそのままハクオロに抱きついてきた。両サイドから腕を掴まれ、頬を摺り寄せてくる。上目遣いに潤んだ瞳で見つめられるとうっかり二人が同性であることを忘れてしまいそうになる。
しかも何故か二人とも眼を閉じて顔を近づけてくる。
(い、いかん!? これは私の貞操が……!?)
「おいこら二人とも! 兄者に何をしてる!」
危ないところでオボロがハクオロ達に気づいた。慌ててドリィ達を引き剥がす。ものすごく残念そうな顔をしていたのは気のせいだろう。
(惜しかったねグラァ)
(うん。あと少しだったのにね)
「な、何か言ったか、二人とも?」
背中に妙な寒気を感じながら、逃げるようにその場を後にしたハクオロであった。
 
 
次なる人物、トウカを探して廊下を歩いている途中でハクオロは厠から出てきたクロウと出会った。
「おお、総大将じゃねぇですか。お勤めご苦労さんです」
「ありがとう。クロウはこれから見張りか?」
「ええ、そんなところです。総大将こそそんな袋抱えてどうしたんですかい?」
彼もハクオロが背負っている袋が気になったらしい。
「今日はクリスマスだからな。皆に配ってまわっているんだ。そうだ、クロウにも……。いつもありがとう」
「すいやせんわざわざ。ありがたく頂戴しますぜ」
そう言って彼に包みを渡すと、ハクオロは踵を返した。
後に残されたクロウがしばし包みを見ながらぽつりと呟いた。
「全く……総大将はお人よしっつうか、臣下にわざわざ物を送るなんざ、インカラの野郎は一度もしなかったぜ……」
誰もいない暗闇に向かって、彼が深々と一礼するのを見た者は誰もいなかった。
 
 
ハクオロは延々と城内を探し回ったが、ついにトウカを見つけることはできなかった。仕方なく一端部屋に戻ろうとした彼は、部屋の前で件の彼女と出くわすこととなった。
「おいおい、またかトウカ……」
彼女は戸の前に座りながら船をこいでいた。懐に刀が握られているところからして、不寝番でもしようとしていたようだ。……いつものように寝ているが。
ハクオロはそんなトウカを微笑ましそうに眺めていた。まだこの城に仕えて日が浅い彼女は、元々敵方の傭兵としてハクオロ達と対峙していただけに兵士達の評判が余り芳しくない。一部ではエヴェンクルガの恥さらしと言われている程だ。だから彼女は余計に気を遣っているのだろう。こうして不寝番をしようとするのも、早く皆の信用を得たいからということだ。
(いつもは勇ましいトウカもこうしていると、まだまだ少女だな……)
背中の袋から彼女のために選んだ包みを取り出し、そっと横に置いてやった。その後、なにかを取りに部屋に入ったハクオロは、毛布を持って戻ってきた。起こさぬように気をつけながら身体を覆ってやる。
「余り無理をしないようにな。いつも、ありがとう」
そっと一言を残して、彼はその場を後にした。
 
 
「さて、これが最後か……」
ハクオロが最後に訪れたのは例の三人組の一人、ユズハの部屋である。戸口に下ろされた幕をめくると、寝台に子供達が寄り添いあって眠っている。薬師としてユズハの身体の診察をしているエルルゥには止められているが、アルルゥやカミュはどこ吹く風といった調子で二日に一度、ユズハの部屋で寝ることにしているようだ。
穏やかに寝息を立てる三人を見ているだけで幸せな気分になるようだ。戦続きで磨耗した精神を癒してくれるのは、酒や食事ではなく、この子達の無垢なる姿なのかもしれない。
大分軽くなった袋から三人分の包みを取り出し、それぞれの枕元に置いてやった。明日の朝、彼女らがどんな顔をするか楽しみに思いながら、寝台を離れようとした。
「……ハクオロ様……ですか?」
どうやらユズハを起こしてしまったらしい。視覚が無い彼女は三人の中で逆に最も人の気配を感じるのが得意だ。ほとんど物音を立てていないのに彼女にはバレていたらしい。
「ああ、すまないなユズハ。起こしてしまったか?」
他の二人には聞こえないように静かな声で語りかけた。
「夢を、見たんです……。夜になったら、ハクオロ様が私達に贈り物を渡しに会いにきてくれる夢を」
「そうか。……そうだなユズハ、今日はこのまま眠るんだ。そして、朝になったらアルルゥやカミュと一緒に枕元を探してくれ。きっと良いことがあるぞ」
少しだけユズハの頭が動いた気がした。
「わかりました……。あの、ハクオロ様?」
「どうした?」
「眠る前に、頭を撫でてくれませんか? そうしたら、すぐに眠ることができる気がするんです……」
「いいぞ。ほら……」
手探りで彼女の頭を見つけると、ゆっくりと撫でてやる。掌に伝わる彼女の温もりがとても心地よかった。
「……アルちゃんたちに悪いなぁ……私だけ、一つ多くもらっちゃった……」
「え、どうして?」
「ハクオロ様が撫でてくれることが、ユズハ一番嬉しいから……」
自分でも顔が熱くなっていくのを感じたのか、彼女は布団に潜りこんでしまった。同じように火照る頬を掻きながら再び音を立てぬよう部屋を後にしたハクオロは、ふと窓に白い粒が付いていることに気づいた。
 
 
いつの間にか降り始めた雪がトゥスクルを白く染めていく。
城下には明かりが点々と灯っている。
翌朝に起こるであろう子供達歓声を楽しみにしつつ、彼は夜空に呟いた。
 
メリークリスマス、と。