―――という訳で、今日はちょっとお出掛けします。



ウルトが預かったという置き手紙に目を通す。



ここ最近は政務に集中して、あまりエルルゥと会えなかったのだが、ようやくその機会が巡ってきた矢先にこれだ。



少し残念な気もするが、仕方がない。



「それで、本日はエルルゥ様の代わりにハクオロ様の身の回りのお世話をさせて頂きますね」



「ウルトが? それは嬉しいが……」



正真証明のオンカミヤムカイの第一皇女だ。



ウルトにそのような事を頼むのは、正直気が引ける。



「そのような事、気になさらなくても大丈夫ですよ。私が好きでやっているのですから」



今日は是非、お願いしますね、などと言われてしまっては断ることも出来ない。



「……そうだな、それではお願いするよ」



にっこりと微笑むウルトは素直に喜んでいる。



普段自分の感情を押し出さず、人の事を優先させるウルトには珍しい。



ウルトは口元に手を当て、ご機嫌な様子で言った。



「うふふ、ハクオロ様と二人きりでお話をするのは久しぶりですね」



「ああ、言われてみたらそうかも知れないな」



普段話をするときは、大抵誰かと一緒にいるか、互いに表の立場として意見を交わす事が多い。



回想すれば、純粋に二人で会話をする事は非常に貴重な機会だ。



今日はウルトと親交を深めるのもいいかも知れない。



「あの……、一つだけお願いしてもいいでしょうか」



顔を赤らめながら上目遣いで覗き込むウルト。その手は祈るように胸元で組まれている。



「な、なんだい?」



妙な迫力を感じて仰け反りながらも、視線をウルトから外さない。



「あの、今日だけで結構ですから、私の事を『さぁや』とお呼びくださいませ」



「……は?」



ちなみに。エルルゥの置き手紙には続きがあった。



―――追伸。



私が留守の間は、ウルトリィ様にお願いしました。ただ、何だか嫌な予感がします。



ハクオロさんに会えないのは淋しいですが、私はハクオロさんを信じています。だから、ぜーったい、他の女の人に手を出したら駄目ですよ!



……もし何かあったら、刺します。



……何とも素敵な手紙で。何だか眉尻に涙が浮かんできた。






今日のハクオロさん〜拍手御礼SS〜 (うたわれるものらじお第十二回より)






私は一旦脱力しかけた意識を辛うじて取り戻す。



何が何やらさっぱり理解が及ばないが、詰まる所ウルトが世話をしてくれるとあうことらしいが。



「……あの、ウルトリィさん?」



「……『さぁや』、と」



笑顔のウルトがなんだか怖い。そもそもウルトリィという名からどうしたら『さぁや』と繋がるのだろうか。



「、さぁや」



「はい、何でしょう」



何故か疲れる。大したことはしていないのに、早くも一日を終えた疲労感が押し寄せた。



一方のウルトはよっぽど『さぁや』と呼ばれたことが嬉しいのが、頬を紅潮させたままだらしない表情を浮かべている。こんなウルトを見たのは初めてだ。



「……何だ、その、何か悪いものでも食べたのか?」



こんなに壊れたウルトは信じられないが、実際降臨なさっているのだから仕方がない。



何だか、ウルトに別の何かが憑依したようだ。



「私はハクオロ様と同じものしか口にしていませんよ」



くすくすと笑うウルト。



「あ、『さぁや』と呼んでくれたお礼に、今日は一日ハクオロ様の事を『力也』と呼ばせて頂きますね」



名案を閃いたとばかりに手を叩いてはしゃぐ姿には何も言えない。



……もう、自由にして下さい。



しかし、ウルトとの会話がここまで疲れるものだとは想像だにしなかった。



「でも、本当に二人でお話する機会は珍しいですね」



「そうだな、ウルト……『さぁや』ともそれなりに長い付き合いなのだが」



一度睨まれて間違いに気が付く。一体どれだけ気を遣えばいいのか。無意識の内に言い間違える。



「お酒の席でも皆一緒ですし」



確かに、ウルトと酌を交わした記憶は無い。というよりも、あまりウルトと酒が結び付かない。



余談だが、男の中では酒が一番似合いそうなクロウが、実は苦手だというのは驚きだった。



「それでは、次の機会には一緒飲もうか」



「はい。楽しみに待っていますね」



それから。しばらくは戸惑ったものの、ウルトがウルトであることには変わり無くて、時が流れるのも忘れて話し続けたのだ。



今日と言う日は、ウルトとの親睦を深める上で重要な日だったのかも知れない。



「……あの、力也?」



恥ずかしそうに頬を赤らめながら、ウルトが真っすぐに私を見つめる。



不覚にも、私はその美しい姿に目を奪われた。



何度も言おうとして口を開くが、ウルトの口から言葉が出ない。



そこから言葉が紡がれたのは、しばらくの後。



「私……、私は、力也が大好きです」



「……は?」



一瞬、何を言われたのか理解できずに硬直する。



誰が、何だって?思わず聞き違いかと脳内で言葉を繰り返す。



「あの……力也?」



「え……えぇっ!?」



どう考えても誤解のしようが無く、その言葉は真実だった。



突然の事に混乱し、あたふたと落ち着きが無くなっているのが分かる。



「え、ちょっ、大原さん?」



「もう、大原さん、は禁止です。勿論敬語もですよ」



じりじりと距離を詰めてくるウルト。



私も嬉しくないはずが無い。ウルトはとても魅力的な女性だし、困る理由が無いのだ。



「さぁ、力也、さぁやって呼んでくださいね」



その小さな唇を私の耳元に寄せて囁く。



気が付けば私とウルトの距離はほんの僅かに縮まっていた。その美しさに私の理性は麻痺したように働かない。



じっと覗き込まれるその瞳は澄んだ色で、吸い寄せられるように影が重なっていき―――








「……ハクオロさん?」



その呪縛は、背後から届いた冷徹な声で断ち切られた。



刃物を突き付けられたかのように、体中至る所から汗が吹き出す。



私はぜんまい仕掛けの玩具のようにぎこちなく、ゆっくりと背後を振り向く。



入り口を塞ぐようにして立ちはだかる黒い影はさながら壁のよう。



そこには居ないはずのエルルゥの姿。数日ぶりの再会にもかかわらず、普段は柔和で明るい表情も鉄仮面を被ったように凍り付いている。



「……久しぶりに、久しぶりにハクオロさんに会えるからって、急いで用事を済ませて走って帰ってきたのに」



冷や汗がとまらない。私の第六感が訴えている。此処に留まるのは危険だと鼓動を高鳴らせる。



だが、エルルゥの存在に飲まれた私は動くこともままならない。



私に出来ることは、一歩一歩近づいてくる死神の足音を聞いて、祈ることだけだった。



「それなのに、ハクオロさんは別の女性とよろしくやってたわけですか」



「い、いやな、エルルゥ落ち着くんだ。ただ私はウルトと―――」



背後を振り返りウルトの協力を仰ごうとする。だが、そこにいたウルトは忽然と姿を消していた。



私の視界に入ったのは、外の景観を一望できる窓のみ。



カナカナカナカナ―――



何処からともなく蝉の鳴き声が聞こえた。



「ハクオロさん」



振り替えると、そこには何時の間にか近づいていたエルルゥが座り込む私を見下ろしていた。



その手には不釣り合いなまでに巨大な―――



どすっ、と何かが肉を貫く音が聞こえる。



気が付けば私の視界は横転していて、一切の自由がきかない。



次第に意識が遠退き、漆黒の闇に塗り潰される。



「ハクオロさんが悪いんですよ? 私はちゃんと警告したのに。私が居ない間に他の女の人と仲良くするなんて。そう、私は悪くない、悪いのは



ハクオロさんです。あは、あははははははは!」



遠くで響く高笑いも次第に聞こえなくなり、私の意識は完全に闇に支配された。



私には何がエルルゥを凶行に駆り立てたのかは分かりません。



確かな事は、その原因となる何らかのきっかけが存在するということだけです。



もし、私の物語を目にした人が居るならば、その謎を説き明かして下さい。



それだけが私、ハクオロの願いです。








終われ。





原因:力ちゃんの無意識に女性を虜にしてしまう性質