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春の陽気は相変わらずで、四月になってからは雨はおろか曇り空すら見ない快晴が続いていた。頂点を過ぎてもなお燦たる陽光は、時計の短針が四を指そうとしているにも関わらず陰る事も無く青々と広がる空の海に浮かんでいる。

つい先月には、この時間にはすでに日が落ちていたというのに、春の訪れはこうも早いのか、と実感した。

天から見下ろす街並みは年中でも一、二を争う美しい色彩で鮮やかに飾られている。至る所に施される薄紅色の花化粧。川沿いに植樹された桜木は、並木となって小高い山のほうへと続いていく。

坂を上るとそこには大きな建造物が建っている。この辺りの高校生の大半が通う何の変哲もない公立高校。街を彩る桜と同じ色のセーラー服を纏った女生徒や、定番の黒い学生服に身を包んだ男子生徒で、その校庭はごった返していた。

溢れんばかりの人、人、人。

文化祭や体育祭などの学校行事を除けば、生徒による自主的な活動の中でも一年で最も賑わいを見せるのがこの日なのかもしれない。

校庭には、歴史の教科書で見た平安の都のように整然と並べられた長机。それを挟んで真新しい制服を身に纏った生徒と、若干着慣れてくたびれた制服の生徒が談笑する。

貴明は、その一群の様子を少しはなれたベンチに腰掛けて眺めていた。

 

 

 

『選択理由』

 

 

 

「部活の説明会?」

このみの口から発せられた言葉をそのまま復唱する。

「うん。今日、校庭でやるんだって」

入学式が終わって以来、朝の日常風景と化した登校中の雑談。数歩前を歩くこのみは両手を翼のように広げてバランスをとりながら、道路の白線の上を踏んで歩く。

「そんなもの、あったっけ?」

「あれ? タカくん知らないの? でも、去年から学校にいたんだよね?」

当然二年生である貴明は、一年間の学業を高校で積んでいる。当然、それに伴い一年間に行われる大抵の行事には参加しているはずだ。

首を傾げ、額に手を当て、天を仰ぎ見る。

「……駄目だ。全然思い出せない」

色々なことをしてみたが、どうにもそんなイベントに参加した覚えはない。積極的にではないとはいえ、一年間過ごしていれば間違いなく学校の行事とは付き合わなければいけない以上、知らないはずはない。

事実、貴明のクラスに部活動に従事している生徒が居る以上、その部活動説明会とやらの行事も存在するのだろう。

「あはは、もしかしてタカくん、興味なくて帰っちゃったのかもね」

「……あ」

このみの何気ない言葉で思い出す。

貴明は確かに部活動説明会とやらの日も学校に通っていた。だが、貴明は部活動に興味はない。何かしら打ち込んでいる趣味があるわけではなく、さりとて何かを始めようという意思に燃えていたわけでもない。

必然、中学時代から帰宅部を公言していた幼馴染の雄二とともに帰宅部という崇高な部活動に誰よりも従事する形になったのだ。

入部が確定しているのに他の部活の説明なんて聞く必要がないと判断し、雄二とともに放課後になった瞬間に帰宅した。

「どうしたんでありますか?」

天を仰いだまま昨年の出来事を思い出していた貴明は、自分の顔を下から覗き込むこのみに気がつかなかった。

「うわっ」

「むー、タカくん失礼だよ」

思わず驚いて仰け反ってしまったのがこのみの気に障ったのか、その小さな頬を膨らませてこのみは二、三歩駆けて後ろを振り返る。

「ほら〜、タカくん追いてっちゃうよ?」

革靴のつま先でアスファルトに軽やかなリズムを刻みながら後ろ向きに歩く。

貴明が慌てて早足で追いつくと、今度は道路の側溝の穴を踏まないように身軽な体で飛び跳ねながら一歩一歩進む。

「それで、その部活動説明会とやらがどうしたんだ?」

あ、そうだ、と顔を振り向かせ、

「あのね、クラスの友達に一緒に出店を回ろうって誘われたのでありますよー」

「あぁ」

新入生にとって、初めて出来た友達と経験するイベントだ。生憎貴明は参加していないが、部活動説明会は各部活動が校庭に出店を作って新入生を呼び込む。

新入生は興味のある部活の出店に飛び込んで、話を聞いたり体験してみたりするのだ。

たとえ入る気がなくとも、友人とお喋りとしながら回るにはちょうどいいイベントなのかもしれない。

「つまり、先に帰ってろってこと?」

「ううん、逆。タカくん、待ってて」

「待ってるって……色んな所で説明聞いてくるんだろ? そんなすぐに終わらないだろうし、それまで待ってるのか?」

「んーと、なるべくすぐ切り上げて帰るから」

貴明は仕方ない、とばかりに溜息をついた。今日の放課後は向坂家の二人は一緒に帰ることが出来ない。なにやら懇親会のようなものがあるらしく、放課後になったら一目散に帰宅しなければならないらしく、このみを待たなければ久しぶりの一人で帰宅になる。

どうせすることも無い。貴明はさして思考することもなく頷いた。

「分かった。なるべく早くするんだぞ?」

「わかったでありますよ〜」

えへへ、と無邪気な笑みを浮かべて横に並んでいたこのみは先に歩き出す。

 

 

 

 

 

「……待ってるとはいったけど、暇だ」

そんなことが朝のやり取りで、よく考えてみれば誰も貴明の待ち時間を潰すことに付き合ってくれる者はいない。

笹森は同好会会員の勧誘に忙しいだろうし、姫百合姉妹の姿も見えない。小牧を手伝うことも考えたが、いつこのみがやってくるのかも分からない状態で書庫に行くのは不安だ。

校庭は相変わらず人で賑わいを見せている。

時折歓声が聞こえてくるのは入部者を確保した部活だろうか?

貴明は手にした缶コーヒーのプルタブを引いた。茶色の液体を流し込み、一息吐く。暇な時ほど時の流れというものはゆったりと流れていくようで、校舎に備え付けられた時計は先ほどから二分ほどしか進んでいない。

さわさわと撫でるような風が吹く。そよ風ではあるが、満開を迎えて散り始めた桜花は水に流されるように風の気流に乗って舞っていく。

それを眺めながら、停滞した時の流れに身を任せ、貴明は桜色のセーラー服を纏った女子生徒を目で追っていく。

小柄で、風にのってしまいそうなその姿を無意識のうちに探してしまうのは、このみが相変わらず子供のようにそそっかしくて、面倒をみてやらなければ、という気分になるからだろうか。

今朝も落ち着きがなく飛んだり走ったり、子供っぽい行動をとっていった。

高校生になって、制服に身を包んだこのみは少し大人になったような気がしたが、中身はこのみのまま変わっていない。

新しい友達が出来た、と言っていただろか。その友達と一緒に今、出店を回っているこのみは、貴明の知らないところで知らない関係を築いていくのだろうか? 手のかかる妹のようなこのみが、貴明の知らないところで新しい生活を送っているのだろうか?

もしかしたら意気投合した友達と、何かしらの部活動に入部するのかもしれない。そうすると、帰宅部の貴明とは必然的に帰宅時間が異なるわけで、一緒に帰ることはなくなるだろう。

朝にも練習があるような部活なら、いつもはぎりぎりまで目を覚まさないこのみもしっかりと目を覚まして、貴明一人で通学路の坂道を登ることになるのだろうか。

そう考えると、なぜか少し寂しい気がする。

何故だろうか、と考えてみるが、浮かんでくる言葉はどれも水泡のように消えていく。これといって納得できるような理由が浮かばない。

きっと、娘が離れていく父親もこんな心境なんだろう、と無理やり結論付ける。そもそも、どうしてこんな気持ちのいい春にこんなことを考えなければならないのか。

「―――止めた止めた」

そんなくだらないことを考えたって仕方がない。

たとえどんな生活をしようとも、このみはこのみだ。貴明がどうこうと頭を悩ませる問題ではないではないか。

貴明はベンチに横になり、晴れ渡る青空を視界に仰ぎ、

「うわっ!」

「タカくん、失礼だよ〜」

突然アップで現れたこのみの顔に驚いてベンチから滑り落ちる。軽く打ってしまった腰を擦りながら、貴明はベンチの反対側に立つこのみを睨んだ。

「居るなら普通に声を掛けろよ」

「タカくんびっくりするかなぁって思って」

てへへ、と屈託の無い笑みを浮かべ、このみが傍に駆け寄ってくる。

「じゃあタカくん、帰ろっか」

「帰るって……」

貴明は振り返って校庭を見遣る。

そこはまだ相変わらずの活気に満ち満ちていて、到底終わりを迎えるような気配がない。校庭いっぱいに広がる長机の数は、たったの一時間ですべてを回ることなんて不可能だ。

「もう、いいのか?」

「タカくん待ってるし、友達にもちゃんと言ってきたから大丈夫なのでありますよ〜」

行こう、とこのみが貴明の腕を引っ張って校門のほうへと向かう。貴明は引きずられるようにして学校を後にした。

毎日通っているはずの帰り道に人影が少ないだけで、何故かいつもと違う景色に見える。放課後になってから一時間。帰宅部のものはとっくに帰路についており、新入生や部活動に従事するものはまだまだかえるには早い時間だ。

辺りを見回しても制服で歩いているのが貴明とこのみの二人だけだという環境は、非常に珍しくて落ち着かない。

まるで学校を抜け出して昼間の街中を闊歩しているようで、そわそわと周囲を見回してしまう。

「タカくん、どうしたの?」

「いや、なんだか落ち着かなくてさ」

「落ち着かない?」

このみは貴明と対照的に何も感じていないようで、いつものように貴明の隣を歩いている。

普段なら耳に飛び込んでくるはずの人々の話し声はなく、時折横を通り過ぎる車のエンジン音が遠くに行ってもまだ届く。

会話がない状況というのは、良く考えてみれば珍しい。というか、二人きりで下校することも高校になってからは初めてのことかもしれない。普段は向坂家の二人も合わせた四人組でとりとめのない会話をしながら下校する。

当然、会話が途切れるなんていうことは珍しく、それも貴明が落ち着かない気持ちになる要因のひとつだった。

「このみ」

「何?」

特に何も考えずに声を掛けてしまった。問い返されても何か用があって呼んだわけではない。貴明は何と言おうか数瞬の間を挟み、

「何か面白そうな部活はあったのか?」

「うーんとね……、」

このみは友人と回った出店を順に挙げていく。本当に脈絡も泣く、文科系の部活から運動系、音楽系などいろいろなところを見て回ったようで、その場所ごとに驚いたことやおかしかったことを話し始めた。

貴明の戸惑いは杞憂だったのか、一度話し始めればこのみは表情豊かに語りだす。

先ほどまでの静寂はどこへ行ったのか、気がつけば坂を下って川沿いの桜並木に到達している。この辺りは街中で一番桜の綺麗な場所で、先週の休日には多くの家族連れで賑わっていた。

今はピークを過ぎたのか花見客は居ないが、鮮やかな並木は散歩道として愛用する人も多く、何度も人とすれ違う。ようやく普段どおりの世界に戻ってきた気がして、貴明はほっと息を吐いた。

「色んな所を見て回ったんだな……」

「タカくんも去年参加すれば楽しかったと思うのに」

「いや、やっぱり帰宅部って決めてたから、行ってもこのみみたいに楽しめなかったと思うな」

「そんなことないでありますよ〜」

「それで、どこか入りたい部活はあったのか?」

その質問にこのみは立ち止まる。何事かと立ち止まった貴明の数歩前に駆け出て、後ろ手に組んで貴明を覗き込む。

「えへへ」

「何だよ、急に」

「タカくん、このみがどこの部活に入りたいか、知りたいでありますか?」

「……え?」

部活。どこか入りたい部活があるのか、と思った瞬間、貴明の胸に言い知れぬ寂寥感がこみ上げてくる。先ほど学校で想像していた、このみと違う生活を思い浮かべて、あぁ、このみも成長したんだな、と感じた。

今まで子供だと思っていたこのみも、自分でやりたいことを見つけて新しい生活を始めるのかもしれない。それは妹の面倒を見てきた兄としては素直に喜ぶべきことなのかもしれないが、やはり心のどこかで寂しさが残っていた。

「帰宅部、でありますよ、隊長」

びしっ、とあまり様になっていない敬礼をして、このみはそう言った。

「―――は?」

「やっぱりこのみは帰宅部が一番だと思うな」

「……なんだよ」

結局、このみはこのみだった。高校生になっても変わらなくて、でもそれを聞いて少し安心した自分がそこに居る。

「お家に帰ってテレビを見たり、タカくんとかユウくんとかタマお姉ちゃんとか、みんなで一緒に遊んでいるほうが楽しいと思うし」

朝と変わらず貴明の前を駆け出すこのみを、貴明はあわてて追いかける。

「ほら、タカくん置いてくよ〜」

「こら、待てこのみ!」

桜の咲く季節が別れの季節ならば、桜が散り始める春は、始まりの季節。

新たなる生活の始まる、大切な時間。たとえ表面上は変わらない日常でも、その歯車は確かに動き始める。

 

「―――やっぱり、タカくんと一緒に登校したり、帰ったりしたいのでありますよ」

「―――何か言ったか?」

「えへへ、何でもないよ」

 

新たなる季節が、始まる春。

心の奥に芽生えた気持ちが、青々と成長していく季節。

貴明は、前を行くこのみを追いかけて桜並木を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

       あとがき

遅れて申し訳ありません。ようやく更新です。

この作品は時期的にもちょうどいいかな、と思って書き始めた作品です。この作品が出来るまでに五個もの短編作品がお蔵入りとなっているのですが、そんな事実は私の心の内に秘めておきましょう。

私がこのみSSを書くのは実ははじめてで、若干このみじゃないやい、と思うこともあるのですが、その辺りは平にご容赦いただけるとありがたいです。

久しぶりに書く作品ということで、ここは実験的にいくつかの挑戦をしています。そのひとつが、おそらく公開している作品のなかでは初めて三人称で作成した、ということです。

普段一人称で心理描写を書いている私にとって、三人称はかなりの難産となってしまいましたが、お楽しみいただけたら幸いです。

地の文で心理描写が出来ない分、会話文が増えているのは個人的に三人称の利点かなぁ、なんて思ったりしています。

あとは、久しぶりに作品に隠喩的にメッセージを仕込んでみたことでしょうか。普段は一人称ということで、移ろう心がまるわかりなので表現したいことを直接述べてしまっているのですが、今回は地の文や会話の流れ、構成を駆使して描写を心がけました。

何を表現したのかを考えて呼んでいただけると、いっそう楽しめるかな、と思います。それを読み取っていただけると、作者としてもありがたいですが。

それでは、また次回お会いいたしましょう。

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