うたわれるものSS
「熱愛」
 
「ん……」
 
禁裏に太陽の光が差しこみ、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 
「朝か……」
 
私は大きく伸びをしながら、ぼんやりと朝日を眺めていた。
 
「ハクオロ様」
 
一緒に寝ていたユズハも目が覚めたらしい。
 
「おはようユズハ。よく眠れたかい?」
 
「はい……」
 
短い挨拶を交わし、私はユズハに軽い口づけをした。昨日ユズハと契りを交わした後、ユズハは私の部屋で寝ていた。
 
「それにしても、この鎖は如何にかならないものかな」
 
私の左手とユズハの右手には、昨日ベナウィが手鎖を付けていた。そのせいで、私とユズハはどこに行くにも一緒に行動しなければならなくて、なかなか大変だった。もっとも、そのお陰で私はユズハに告白する事ができ、今こうして一緒に居られるのだから余り文句は言えないのだが……。
 
「外して風呂に入りたい……」
 
そう、ユズハとずっと一緒に居る事には不満などまったくない。むしろ、このままの方が嬉しいくらいだ。外したい理由はただ一つ、風呂に入りたいからである。
 
「外さないとお風呂には入れないのですか?」
 
「ああ。昨日みたいに脱ぐだけなら出来るのだが、風呂に入るとなると、私もユズハと女湯に入らなければいけないからな」
 
ユズハと一緒に女湯に入った所をカルラにでも見られたら、すぐに城中に言いふらされてしまう……それだけは避けなければ……。
 
「あの……ハクオロ様」
 
そんな事を考えているとユズハが「今のうちにお風呂に入るのでは駄目なのですか?」と聞いてきた。
 
「……その手があったか!」
 
ユズハの言う通りだ。今は朝だといっても明朝、起きているのは巡回兵ぐらいだ。今のうちに風呂に入れば何の問題も無い。
 
「ありがとうユズハ」
 
私はそう言ってユズハを抱きしめた。
 
「ハクオロ様のお役に立てて良かった」
 
少し顔を赤めながら、ユズハは嬉しそうに言った。
 
「よし、誰もいないな」
 
私たちは大浴場にいた。やはりこの時間帯に起きている者は少ないらしく、大浴場に向かう途中に人に会う事は無かった。朝風呂もたまには良いかな。そんな事を考えながら着物を脱いでいく。その時、私は大変な事に気がついた。
 
「き、着物が脱げない……」
 
そう、ある程度までは脱ぐ事ができるのだが、鎖が邪魔で完全に脱ぐ事が出来ないのだ。昨日はそれでも良かったのだが、今日は駄目だ。着物を着たまま風呂に入る事になってしまう。
 
「ええぃ仕方ない。変えの着物も持ってきている事だし、このまま入ろう。ユズハは如何する?」
 
「ユズハもそれで良いです。ハクオロ様とお風呂に入りたいから……」
 
そんなユズハを愛おしく想い、私はユズハを抱きかかえる。
 
「あの……ハクオロ様?」
 
ユズハは恥ずかしいのか、顔は赤く、耳や尻尾をせわしなく動かし、妙に落ち着きが無い。
 
「こういうのは嫌か?」
 
「いえ……少し恥ずかしいけれど……嬉しいです」
 
「そうか……」
 
私はユズハを抱きかかえながら風呂に入った。
 
「ふう、いい湯だな」
 
「はい」
 
冷え切った体に温かい湯が心地良い。
 
「それにしても今日の風呂は格別だな」
 
「そうなのですか?」
 
「ああ。鳥の囀りを聞き、草の香りを楽しみ、風の嘶きを感じる。これが本当の贅沢というものなのだろうな……それに」
 
「それに?」
 
「愛しい者が……ユズハが私の傍に居てくれる。これ以上の贅沢は、私には思いつかない」
 
「ハクオロ様……」
 
私の素直な言葉に、ユズハは顔を赤くしている。
 
「さて、温まった事だし、そろそろ身体を洗って出るとするか」
 
「……はい」
 
風呂から出た後、私はまずユズハの身体を洗う事にした。
 
「それではハクオロ様、お願いします」
 
そう言ってユズハは私に身体を預けた。私はユズハの髪を丁寧に洗っていく。
 
「どうだユズハ、気持いいか?」
 
「はい、とっても気持いいです」
 
その後、身体の隅々まで洗い、最後に尻尾を洗う。
 
「ん……」
 
「どうしたユズハ?」
 
「ハクオロ様……少し、くすぐったいです」
 
そうか、ユズハの尻尾は敏感だったな……。
 
「これならどうだ?」
 
先ほどより少し優しく撫でて見る
 
「ん……気持……いいです」
 
「そうか……」
 
ユズハの身体を洗い終わり、自分の身体を洗おうとした時、ユズハが「あの……ハクオロ様……今度は、ユズハがハクオロ様の身体を洗いたいのですが……」と言ってきた。
 
「ユズハが……私の身体を?」
 
ユズハが私の身体を洗ってくれる……。私にはそれがとても嬉しかった。
 
「……ハクオロ様?」
 
「ユズハに洗ってもらえるとは……私は幸せ者だな……それじゃあ、頼むよ」
 
「はい」
 
そう言うと、ユズハはとても嬉しそうに私の身体を洗ってくれた。
 
「ハクオロ様、痛くは無いですか?」
 
「あぁ、とても気持良いぞ」
 
とても心地良い。気を抜くと、このまま眠ってしまいそうな程、ユズハは上手だった。
 
「……これで終わりです」
 
「ありがとう、ユズハ」
 
私はそう言うと、ユズハの頭を撫でた。ユズハは気持良さそうに目を細めている。
 
「さて、そろそろ出るか」
 
「はい」
 
風呂から出た後、すぐに鎖に付いている濡れた衣服を絞り、乾かす。その間に、私はユズハに禁裏から持ってきた自分の着物を着せる。
 
「ハクオロ様、これは?」
 
「それは私の着物だ。ユズハの身体が冷えないようにと思ったんだが……嫌か?」
 
ユズハは首を横に振った
 
「……この着物から、ハクオロ様の匂いがする……とてもいい匂い……」
 
「そ、そうか……」
 
ユズハにそう言われると、とても嬉しいのだが、何だか恥ずかしい。私の着物ならばユズハの身体が冷える前にベナウィの元まで行けるだろう。
 
「それじゃあユズハ、行こうか」
 
「……はい」
 
私とユズハは互いに身を寄せ合いながら、ベナウィの部屋に向かった。
 
「べナウィ、起きてるか?」
 
「聖上? こんな朝早くに何の用ですか?」
 
ベナウィを起こすつもりで来たのだが、もうすでに起きていた。
 
「いや、昨日風呂に入れなかったから、さっきユズハと入ってきたんだ。それで、濡れた着物を脱ぎたいからこの手鎖を外してもらおうと思ってな」
 
「まったく……彼方という人は」
 
そう言いながらもベナウィの顔には笑みが浮かんでいる。
 
「わかりました。それではユズハ殿、右手をこちらに」
 
ベナウィはユズハの右手に付いている手鎖を外した。私は濡れている着物を外して、着衣の乱れを整えた。ユズハは私の着物を着ているので、少し大きいようだが問題なさそうだ。
 
「ふう、これでやっと左手も使える」
 
そう思ったのもつかの間、再び左手に手鎖をはめられる。
 
「な? べナウィ、いったい何故……」
 
「私は「一日だけ」とは言ってませんよ。当分の間、このままです」
 
「ま、待てベナウィ。ユズハの事も考えて見ろ」
 
私の言葉にユズハは「ユズハは構いません」と言った。ユズハ?
 
「ユズハはハクオロ様と一緒に居たいから……」
 
「ユズハ……」
 
「それとも、聖上の身に何か不都合でも?」
 
……不都合……手鎖をすると、ユズハとずっと一緒に居る事になるが、問題ない。むしろ、その方が嬉しいくらいだ。その他にも左手が使えないくらいで、余り困る事がない
 
「不都合は……無いな」
 
「でしたら、そのままでも宜しいですね? では聖上、そろそろ朝の会議の時間ですので、支度のほうを始めた方が宜しいかと」
 
「なに? もうそんな時間か……わかった」
 
「では、また後ほど」
 
そう言って、ベナウィは行ってしまった。……何だか上手く言いくるめられた気がするのは、気のせいだろうか……?
 
「ハクオロ皇、御出座である」
 
私はユズハと一緒に皆の報告を聞いていた。ユズハは少し恥ずかしそうだ。
 
「大丈夫か、ユズハ?」
 
「はい、大丈夫です」
 
このやり取りを見ていたクロウや、いつもは会議にいないはずのオボロまでもがニヤニヤしている。
 
「……なんだ、オボロ」
 
「いや、なんでもない」
 
けれども、その笑顔は決して嫌な物ではなく、暖かな物だった。
 
「……む〜」
 
……約一名を除いて……。
 
「あの、エルルゥ……さん?」
 
「ご報告いたします」
 
エルルゥはいつも通り報告している様に見えるが、声がいつもより荒く、眼にはユズハが捉えられている。
 
「最後に、おね〜ちゃんが夢でユズッちに「ハクオロさんを返せ〜」って言ってた。怖い」
 
……辺りに不穏な空気が流れる。やがて、エルルゥはゆっくり立ち上がると、「ア〜ル〜ル〜」……いつものとは比べ物にならない程の速さと恐怖を身にまとい、アルルゥを追いかけていく。……おやっさん……エルルゥが、エルルゥがかつて無いほどの辺境の女に……。
 
「今日の会議はこれで終わりです。皆さん頑張ってください」
 
ベナウィの会議終了の言葉だけが辺りを支配していた。
 
「さて、やるか」
 
私たちは朝餉を済ました後、政務に取り掛かる為、書斎に来ていた。
 
「ハクオロ様、頑張ってください」
 
「ありがとう、ユズハ」
 
そう言うと、私はユズハを軽く抱きしめ、政務に取り掛かった。
 
「ふう、終わった」
 
私はベナウィが築き上げた書類の山を、いつもとは比べ物にならない速さで片付けた。……もっとも、書類の量もいつもより遥かに多かったので、終わるまでにかなりの時間がかかったのだが……
 
「聖上、お疲れ様です」
 
「ああ、今日はこれで終わりだな?」
 
「はい」
 
ベナウィは、そう言うと書類を抱えて行ってしまった。
 
「ハクオロ様……お疲れ様です」
 
「ありがとう……ユズハもお疲れ様」
 
「はい……」
 
そう言って嬉しそうにするユズハを、私は愛しく想い、抱きしめた。
 
「あっ」
 
ユズハの可愛らしい声が聞こえる。
 
「ありがとう、ユズハ」
 
私は、自然とユズハにそう言っていた。
 
「いえ……ユズハは、何もしていません」
 
「そんな事はない。ユズハが居てくれたから、私は頑張れたのだから……」
 
「ハクオロ様……」
 
ユズハは嬉しそうだが、顔が赤い。照れているのだろう。
 
「ユズハ、これからも私を支えてくれないか?」
 
「……はい」
 
「ありがとう、ユズハ……さて、そろそろ夕飯を食べに行くか」
 
「はい」
 
夕日が書斎を照らす中、私はユズハの手を握り、食堂へ向かった。
 
「もらった〜!」
 
オボロはそう言って焼き魚に箸を伸ばす。
 
「させるかよ!」
 
クロウの箸がオボロの箸を押さえ込む。
 
「ちっ、やるな」
 
「おまえもな」
 
戦場と称される食堂で、今日もオボロとクロウはおかずの取り合いをしている。その横で、カルラが原因となった焼き魚とウォプタルの炙り焼きを食べている。
 
「カルラ……貴様〜」
 
「あら、私は争いの種を無くしただけですのに……」
 
「アルちゃん、よく食べるね……」
 
「ん、カミュち〜も食べる」
 
「うん」
 
一日が終わり、皆が集まり、楽しく夕飯を食べる……。私は、このにぎやかな時間が好きだった。
 
「ユズハ、あ〜ん」
 
私はユズハの口に料理を運んでいく
 
「……あ〜ん」
 
「どうだ?」
 
「はい……とっても、おいしいです」
 
そう言って微笑むユズハを見ていると、私も嬉しくなる
 
「ハクオロ様……あ〜ん」
 
今度は、ユズハが私に「あ〜ん」をする番だ。
 
「……あ〜ん」
 
「……どうですか?」
 
「うん、おいしい」
 
「よかった……」
 
……このままでも、良いかな……。ユズハと一緒に居る事が、私はただ、嬉しかった。
 
「……う〜」
 
「姉さん、おかわり頼めますかい?」
 
「……」
 
「……姉さん?」
 
「……なんですか?」
 
「いえ……なんでもないです……」
 
エルルゥの周りには瘴気が漂っている。
 
「さてと、ごちそうさまだ」
 
「……ごちそうさま」
 
「さて、行くか」
 
「はい」
 
私は立ち上がるとみんなに別れを告げた。
 
「ぬおぉぉぉぉぉぉ」
 
「ぐおぉぉぉぉぉ」
 
……頼むから人の話を聞いてくれ……。私とユズハは食堂を後に、禁裏へと向かった。
禁裏に着く頃には、辺りはもう真っ暗で、自分の足元も見えなかった。しかも、だんだん冷えてきた。
 
「さてと、もう寝るか」
 
「はい……」
 
私たちは布団に入り込む。まだ、冷たい布団の中、温かいものを求めて、お互い身体を寄せ会う。
 
「あの……ハクオロ様」
 
不意に、ユズハが話しかけてきた。
 
「ん? なんだい、ユズハ?」
 
「あしたも、朝風呂に入りませんか?」
 
「朝風呂に?」
 
「はい……朝なら、ハクオロ様と一緒に入れるから……」
 
「ユズハ……」
 
そんなユズハが愛おしくて、私はユズハを抱きしめ、口づけをした。
 
「ん……」
 
軽い口づけ。でも、私たちには、それが永遠であり、約束の様に感じた。
 
「ハクオロ様……ユズハは、幸せです」
 
「そうか……私も、ユズハと居る事ができて……幸せだ」
 
私とユズハはさらに身体を寄せ合う
 
「あったかい……ハクオロ様を感じる……」
 
「私も……ユズハを感じるぞ……」
 
私たちは、いつしか互いを抱き合いながら深い眠りについた。……その胸に、愛しい者の鼓動を感じながら……