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そうだ、旅に出よう



 
 突然、体が揺れたことで目が覚めた。
 
 うっすらと開けた瞳に飛び込んできた世界は、全てが逆さま。
 
 「―――!?」
 
 想像の範疇を超えていた驚きに大声を上げようとしたが、何かに阻まれてそれも呻き声にしかならなかった。
 
 振り子のように揺れ動く世界。
 
 慌てて視線を左右に走らせる。
 
 身動きが取れない上に、声も上げられない。そんな中唯一自由になる視界から、少しでも多くの情報を得ようと勤めた。
 
 広がる光景は天地が相反しているものの、見慣れた城のそれである。
 
 私はひとまずその事実に安堵するが、依然として理解が追いつかない。
 
 起き抜けの頭を総回転させて思考を巡らせる。
 
 そもそも、こんな状況に自分が置かれている理由が分からなかった。
 
 振り返ってみても、なんらその要因に思い当たらない。
 
 意識がある最後の記憶によれば、確かに自らの意思で床に就いたはずなのだが―――。
 
 「あら、ようやく目を覚ましましたの?」
 
 突如、頭上―――正確に言えば天地が逆になっているから顔の下からだが―――聞きなれた声が届いた。
 
 どこか甘さを含んだ、憂いある大人の女性の声。
 
 にも拘らず、その声の主はいつも突拍子も無い行動で私を驚かせる女性だ。
 
 必死に体を動かして頭上を見上げる。
 
 「うふふ、間の抜けた顔をしていましてよ?」
 
 そこにあったのは想像通りというか、脳裏に思い浮かべたとおりの表情を浮かべた彼女の姿があった。
 
 『―――カ、カルラ!』
 
 叫んだつもりが声にならない。
 
 そればかりか、何故か息苦しくなってきた。
 
 カルラが自由になっていた右手で私の口元に手をやる。
 
 どうやら猿轡を噛まされていたのだろう―――白い布切れを取り去ることで、ようやく言葉が自由になった。
 
 だんだんと落ち着いてきた私は二、三度大きく深呼吸を繰り返して、自らの状況を把握する。
 
 体には見慣れた布団がそのまま巻きつけられている。しかも、ご丁寧に荒縄でしっかりと固定されて。
 
 それに加えて先ほどの猿轡。
 
 さらに今、私はカルラの左肩に担ぎ上げられている。
 
 先ほどからの視界の揺れはこれが原因だ。
 
 「……何を、しているんだ?」
 
 自分でも分かるほど、気の抜けた声。
 
 そんなこと、今の自分の状態を見れば一目瞭然だ。
 
 カルラは一瞬、その頬に手を当てて考える。
 
 「拉致、ですわ」
 
 ……覚悟はしていたのだが。
 
 一瞬、意識が遠のいた気がした。
 
 確かに思い返してみれば、今と酷似した状況を経験したことがある。
 
 それは今から遠い昔の事ではない。むしろ、つい最近の出来事だった。
 
 あれはナ・トゥンクでデリホウライ率いる解放軍の手助けをしに行ったときのことだっただろうか。
 
 夜中に眠っている最中、同じようにカルラによって拉致され、結局大遠征を敢行してしまったのだ。
 
 ただ、あの時と決定的に異なることは、カルラに関わる何らかの事件が起きている様子が無い。
 
 あの時は表向きはどうであれ、内心実弟のことが心配で仕方が無く、ウィツァルネミテアの契約を持ち出してまでの覚悟と理由があったのだ。
 
 今回に限って、そのような理由は皆目検討がつかない。
 
 とはいえ、その何かに私が気が付いていないだけかもしれないのだ。
 
 「何か、あったのか」
 
 至極、間抜けな体勢ではあったが、真剣な口調で言った。
 
 ここまでの付き合いで、私もカルラの事を少しは理解していると思う。
 
 だからこそ、私がそれに気が付いていないのなら歯痒かったし、カルラから何の相談も受けなかったことが悲しい。
 
 「いえ、何もありませんわ」
 
 しかし、帰ってきた返事は緊張とは無縁の響き。
 
 むしろ、日常の悪戯を思いついたときのそれに近いものがある。
 
 「それでは一体」
 
 なぜ、と問う間もなく、カルラは即答した。
 
 「少し、息抜きに旅行に行きましょう」
 
 「りょ、旅行? 一体どうして―――」
 
 「あら、理由なんて必要ですの?」
 
 しいて言えば、あるじ様と一緒にいたいからですわ、何て嘯いている。
 
 そう言われる事は嬉しいが、それが本当に思っていることかも怪しい。
 
 それに前回のパターンを考えれば、かならず大所帯になることは目に見えている。
 
 「なあ、カルラ。こんな風に歩いていたら絶対誰かに見つかると思うのだが……」
 
 どうにかカルラに再考を促そうと働きかける。
 
 「大丈夫ですわ。今宵はあの時以上に刻も遅いですし、誰かに見つかる可能性が有る時にこんな事を決行しませんでしてよ」
 
 つまり、すでに裏工作は済んでいるということだろう。
 
 脳裏にべナウィの引きつった笑みが横切る。
 
 前回、皇であるにも拘らず執政を放り出して行った際は、本気で起こられた上にその間の仕事まで上乗せされた。
 
 鬼のようなべナウィの表情が脳裏を掠めたということは、いよいよ私の死期が近いということだろうか。
 
 いや、別にベナウィに殺されるわけではない。
 
 私が不在の間にたまった仕事と、それが終わるまで私を開放しそうに無いことが、私を死へと誘うのであろう。
 
 ―――どちらにせよ、あの侍大将は私の生殺与奪権を握っている、ということだろうか。
 
 嫌な考えに身震いする。
 
 と、気が付けばカルラの歩みは既に城内を踏破し外へと赴いていた。
 
 「な、なあカルラ。考え直さないか? 旅行なら何時だってできるだろう?」
 
 「あら、何時でも行けるのなら今でも構わないのではなくて?」
 
 「そ、それはそうだが……」
 
 「でしたら問題ありませんわね」
 
 悠々と歩を進めるカルラ。
 
 布団に簀巻きにされ、担がれているという情けない格好の私に、それを阻止する手立ては残っていない。
 
 諦めの境地からため息が漏れた。むしろここまで来たら現実逃避の旅も良いかもしれない。
 
 天には無数の星が煌いていた。
 
 各々光を放つ強さこそ違えども、夜空を彩る瞬きはそのような状況でも人の目を奪う。
 
 眼下に見る星空と言うのも乙なものだ。
 
 ……普通、眼下に広がる星空なんて存在しないはずなのだが。
 
 逆さづりの状況では何であれ新鮮だ。
 
 カルラは城門を軽々と押し開け、城外へと抜け出た。
 
 普段ならば夜警の兵が見張りに立っているはずなのだが、その姿は城壁に見られない。
 
 「……この城の警備はこれで大丈夫なのだろうか」
 
 我が事ながら思わず呟いてしまう。
 
 「何か、言いまして?」
 
 「いや、何でもない」
 
 木橋の上にはご丁寧に小さな馬車まで用意されている。
 
 どこまで用意周到なのだろうか。
 
 むしろ、ここまで大掛かりだと誰かしらの援助が感じられそうだ。
 
 可能性として、カルラの手助けをしそうな人といえば―――
 
 「ウルト、か」
 
 オンカミヤムカイからヨモルとして滞在する第一皇女の顔が思い浮かぶ。
 
 高貴な身分でありながら誰にでも優しい彼女だが、カルラとは何故か仲がいい。
 
 おそらく過去に何かあったのだろうが、それを私が知る由もないし、聞く気も無い。
 
 無いのだが、頼むからカルラをきちんと制止して欲しい。
 
 件の時も、私を拉致したカルラを止めるどころか自らついてきた位だ。実は相当間が抜けているのか、はたまた楽天家なのか……。
 
 「ご明察、ですわ」
 
 私の発言に対して言ったのだろうが、仮に私の内心に対する返答であれば恐ろしい。
 
 荷物のように馬車に投げ込まれる私。
 
 正直に言えば、皇とはいわないが人間らしい扱いをして欲しい。
 
 「それでは、出発しますわよ」
 
 御者台からカルラの声が響く。
 
 「――――――!!」
 
 「な、何だ?」
 
 馬車が動き出そうというまさにその時、城から何者かの声がした。
 
 声だけではない。慌てて疾走する様子が手に取るようにわかる、そんな足音を伴う。
 
 城から現れたのは、刀を引っつかんで駆けるトウカだ。
 
 「聖上! ご無事ですか!」
 
 「あ、ああ、大丈夫だが……」
 
 トウカは速度を落とすことなく抜刀し、跳躍。
 
 馬車の幌を飛び越え、一瞬で馬車の前に降り立つと、刃先を馬車へと向け威圧する。
 
 「おのれ不届き者! エヴェンクルガの名において、皇の拉致などという蛮行、許すわけにはいかぬ!」
 
 鋭い眼光と共に気合の篭った声でそう言い放ち、刀を構える。
 
 「―――別に、不届き者ではありませんし、拉致でもありませんわよ」
 
 そんなトウカを、カルラは悠然と腕を組んで見下ろす。
 
 御者の正体に気が付いたトウカは間の抜けた表情だ。
 
 無理も無い。誘拐犯と思われた人間の正体が見知った者の姿だったのだから。
 
 「な、な?」
 
 「拉致とは人聞きがわるいですわね」
 
 「し、しかし……」
 
 疑わしげな視線を向けるトウカ。
 
 馬車の中の人間が簀巻きで投げ捨てられているのだからそれも当然だ。
 
 ……というか、カルラ自身拉致だと認めていた気がするのだが。
 
 「ただ、旅行に出掛けるだけでしてよ。ちゃんとあるじ様の承諾も得ていますわ」
 
 「ほ、本当ですか!」
 
 ……承諾した覚えは、無い。
 
 とはいえここで否定したら大事に発展しそうな気もするし、カルラの行動に無言の肯定を示していたのも確かだ。
 
 とりあえず頷いておく。
 
 それを見届けて満足げに微笑み、
 
 「そういうことですわ。問題ありませんわね」
 
 「ですが……」
 
 「そもそも、どうして貴女はあるじ様の不在に気がつきましたの?」
 
 ギクッという擬音が聞こえそうなほど引きつった表情を浮かべるトウカ。
 
 カルラは留まること無く畳み掛ける。
 
 「こんな夜更けに、貴女が寝殿を訪れるような理由はなんでしょうね」
 
 「そ、某はただ側付の任を果たそうと……」
 
 「あら、それはあるじ様に断られたのではありませんのかしら?」
 
 「うぅ〜……」
 
 もはや反論も出来ないトウカ。
 
 哀れ、その姿が小さく見える。
 
 「そもそも側付として控えていたのなら、どうして私が連れ出したすぐ後に止めなかったのでしょうね?」
 
 「――――――」
 
 「夜に殿方の下を訪れる理由なんて、ありましたかしら」
 
 「うっ……うわ〜〜〜ん!!!」
 
 突如として刀を振り回し暴れだすトウカ。
 
 ついに耐え切れなくなって暴走をはじめたのだろうか。
 
 この様子は人形の件のとき以来だが、あの時も一晩収まらなかったのだろうから、私の手には負えない。
 
 このまま喚き続ければ城の人間に気づかれるのも時間の問題だろう。
 
 「―――仕方ありませんわね」
 
 やれやれ、とカルラは暴れるトウカに近づき、何やら耳打ちを始めた。
 
 突然動きを止め、カルラの言葉に聞き入る。
 
 少しして、カルラがトウカから離れて御者台に戻ると、その手綱を振り絞った。
 
 動き始める馬車に、トウカがゆっくり飛び乗った。
 
 ここにいる者以外、その存在すら気づかれていないであろう馬車は、暗闇に包まれた街道を疾走する。
 
 「ど、どうしたのだ?」
 
 突如として静かになり、制止に来た筈のトウカに訊ねる。
 
 夜闇の所為で分かりづらいが、月光に照らされた頬はやや赤らんでいる。
 
 「―――某も同行させていただきます」
 
 「い、いや……」
 
 「皇が少人数で旅行に行かれるなど危険極まりないです。ですが、カルラ殿と某が付いていれば何ら心配は御座いません」
 
 正直、不安だらけだ。
 
 とはいえ、私のぼやきで馬車が止まるわけでもない。
 
 目的地もわからないまま、馬車は疾駆する。
 
 せめて、この簀巻き状態だけでも解除して欲しいものだ。
 
 この晩何度目とも知れずに吐いた溜息は、夜の冷気に包まれて白い靄となり、森の中に消えた。