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 活気のある街。
 
 仮宿を見つけて馬車を預けた後、私は散歩がてら外を歩き出した。
 
 すれ違う人々の表情は皆一様に明るい。
 
 行き交う人の数は都にも劣らない。
 
 通りを挟むように連なる路商には、珍しいものが数多く並んでいる。
 
 ほんの少しばかり顔を覗かせるだけで、気分は高揚する。
 
 隙間無く立ち並ぶ店から商人の威勢の良い掛け声が木霊した。
 
 何を買う目的があるわけではないが、それでも楽しい気分になれるのは、この雰囲気が祭りのそれと似ているからだろう。
 
 日用品から珍品まで、あたりを見渡せばそれだけで様々な種類の品物が目に飛び込んでくる。
 
 トゥスクルでも一度、祭りを訪れたことがある。
 
 あの時は確か、招待者という身分で丁重にもてなされた。
 
 皇という身分である以上それも仕方の無いことなのかもしれないが、エルルゥやアルルゥと楽しんで周りたかった祭りも、酋長の案内で下にも置かれぬ扱いだった。
 
 当然、そんな状況で十分に祭りを堪能できるはずも無い。
 
 あの時のがっかりしたアルルゥの様子には、祭りに誘った私自身を酷く後悔したものだ。
 
 それに比べれば、今は気楽なものだ。
 
 この地に私の正体を知るものは居ない。
 
 喩え私がそれを明かしたとしても、笑われて相手にもされないはずだ。
 
 そんな気楽な状況にあるからこそ、私は存分に今を楽しみたい。
 
 ……ただ残念なことは、この場にアルルゥが居ないことだが。
 
 機会があれば、アルルゥにも楽しい思いをして欲しかった。今なら、祭りではないが、それに似た状況を楽しませてあげられたのに。
 
 「お、姉ちゃんいいものに目ぇ付けたね!」
 
 「い、いや、某は別に……」
 
 ふと、どこかで聴いたような声がして、私は周囲を見回す。
 
 幸いなことに、人ごみの中にあっても私はその声の主を見つけることができた。
 
 というのも、ただその姿が目立っていただけで、別段捜索に苦労もしなかったが。
 
 「どうした、トウカ?」
 
 「せ、聖上……」
 
 実を言えば、私は初めからトウカの存在に気が付いていた。
 
 トウカは私が宿を出た直後から後に付いて来た。
 
 カルラは宿に到着した途端に部屋に引っ込んでしまったが、馬車の中とはいえ一晩寝て過ごしたトウカは大して疲労が無かったのか。
 
 兎に角、その尾行には意識せずとも気がつけた。
 
 常日頃から、危険の無い城内でまで身辺警護につこうとするトウカのことだ。
 
 この見知らぬ土地においても、万が一を考えての行動だろうが、それでも少し大げさな気がする。
 
 寧ろ、今現在のほうが普段よりも安全だと思う。
 
 なぜならば、城内に居れば私が皇だと知ることも可能だろう。
 
 だが、今もすれ違う数多くの人々のなかで、私の正体に気がついている者がどれ位いるだろうか。
 
 当然、隣の人物が皇であるなんて、夢にも思わないはずだ。
 
 それ故、トウカの尾行は私を目立たせ、逆効果に違いない。
 
 それなら初めから一緒に行動したほうが安全というもの。
 
 トウカは一軒の店の前でその歩みを止めていた。
 
 それは可愛らしい人形を取り扱った店だ。
 
 都の人形職人が丹精込めて作った人形と比較すれば、正直造りの雑な品といっても過言ではない。
 
 それでもその人形は見る目を奪う。
 
 見たことも無い装いをしていることから、此処よりはるか北方で造られたものだろう。
 
 そのどれもが、私の目からみても魅力的。
 
 当然、子供のころから人形を大切にしていたトウカが、それに気を惹かれないはずが無かった。
 
 物欲しそうな目で人形を眺める姿は、年相応、いやさらに幼い稚児のものに似ている。
 
 「あ、あの、これはですね」
 
 私の視線の先にあるものに気が付いたのか、トウカはあたふたとしだした。
 
 それほど慌てることも無いだろう。その理由がよく分からない。
 
 如何にエヴェンクルガといえど、トウカが若い女の子であることには変わりない。
 
 むしろ私としては、女の子らしい仕草がみられて嬉しいとさえ思えている。
 
 ……そんな考えを持つことも、普段では中々無い。
 
 トウカとの関係が戦争の真っ只中で始まったことや、その実力を知っているせいだろうか。
 
 そんな当たり前の事実が、顔を毎日合わせている私の中で薄れている。
 
 「どれが欲しいんだ?」
 
 その気持ちに気が付いたからだろうか。
 
 私はトウカに、何か贈り物をしたい、と思う。
 
 「そんな、悪いです! 某は別に、人形をねだりに来た訳では……」
 
 「私が贈りたいのだ。それなら良いだろう?」
 
 先ほどまでトウカが見ていた視線の先を辿る。
 
 長い髪を模した人形だ。
 
 藍色の映えた着物を着せられて、花のような笑顔を浮かべた少女の人形。
 
 「あっ……」
 
 「すまない、これは幾らで売っているんだ?」
 
 女の子の人形を指差す。
 
 店主に提示された金額を聞いて、少し驚いた。
 
 人形一体と気楽に考えていたのだが、その人形は中々値の張る品だ。
 
 同じ金額で、一般的な家庭なら十分に一日生活できるだろう。
 
 カルラが城から持ち出した金額はそれほど大金ではない。
 
 それも別に盗んだ金では無く、カルラ自身の持ち合わせと、寝殿の木机に放ってあった私の金を合わせたものだ。
 
 だが、それも買えないような金額でないことも確かだった。
 
 ちらありと横目でトウカを盗み見ると、遠慮がちな表情の奥に、期待と喜びが顔を覗かせている。
 
 此処でやっぱり辞めた、とは言い出せない。尤も、そんな事をいう気も無いが。
 
 「―――分かった。これでいいか?」
 
 「……はい、十分ですぜ。毎度あり!」
 
 割れ物を扱うように人形を手に取ると、そのままトウカに手渡す。
 
 「あ―――」
 
 「日頃の感謝のお礼だな。気にせず受け取ってくれないか」
 
 「―――はい! 本当に、ありがとうございます!」
 
 満面の笑みを浮かべる。
 
 両手で持った人形を高々掲げて喜ぶ様子は、天真爛漫な子供のそれだ。この対価としてなら、あの位の金額、安いものだった。
 
 こんなに喜んでくれるなら、贈り物の甲斐もあったというものだ。トウカなら人形を乱雑に扱うことも無いだろう。
 
 「あの子に友達が出来たな」
 
 あの子、とはトウカの持つ人形のことを指す。
 
 まだ幼い頃から大切に扱ってきたものらしく、トウカは常日頃から自室で手入れをしている。
 
 着の身着のままで城を飛びだした今は城に置いたままだろうが、トウカにとっては大切な友達のようなものだ。
 
 「はい―――きっと喜びます」
 
 「そうか。それは良かった」
 
 本当に。
 
 普段武士として己を律しているトウカは武人の鑑だが、こういった表情をみると、やっぱりトウカも普通の女の子なんだなと実感する。
 
 私は店の前を離れて歩き出した。
 
 トウカは可愛らしい人形を大事そうに胸に抱いている。
 
 「さて―――どこか行きたいところはあるか?」
 
 問われたその表情は、何処か間の抜けたものだ。
 
 「はい?」
 
 「いや、だから……。何かしたい事は無いか?」
 
 「某は聖上の御側付きですから、聖上の行く所でしたら何処へでも参ります」
 
 「―――まぁ、いい。適当にぶらつこうか」
 
 女の子らしい、と思った傍からこれだ。
 
 思わず笑ってしまうほど、トウカらしい。
 
 「ほら、行くぞ」
 
 「せっ、聖上!?」
 
 このままでは間違い無く、トウカは私の一歩後ろを歩くだろう。
 
 私はトウカの手を取って隣に立たせた。
 
 予想外のことに驚いたのか、若干バランスを崩したトウカがよろめく。
 
 綺麗にすっぽりと、トウカの体が私の腕に収まった。
 
 「大丈夫か?」
 
 「は、はははははい」
 
 何故かトウカの顔が赤い。
 
 どうしてだろう、と考えてはっとした。
 
 この状況は傍から見ればトウカを抱きしめているように見える訳で。
 
 自分の顔が一気に紅潮するのが分かった。
 
 意識してしまうともう駄目だ。
 
 普通に女の子を抱きしめたことなんて、エルルゥやアルルゥ位しか記憶が無い。
 
 ……エルルゥ?
 
 はたと、そこで私の思考はある事を思いつく。
 
 ―――今エルルゥに見られたら、どんな仕打ちに合うか。
 
 瞬間、私の脳裏に恐ろしい光景が思い浮かぶ。
 
 何故だろう、見たことも無いのに、容易に想像がつくのは既視感というやつだろうか。
 
 慌てて抱きとめていた手を離す。
 
 「あ……」
 
 「す、すまない。大丈夫か」
 
 「ええ。申し訳ありませぬ」
 
 トウカが一歩下がる。
 
 故意にやった訳ではないのに気恥ずかしい。
 
 どうしたものか、と思案する。この後特に予定があるわけではないが、眠りについたカルラの様子では今帰ったところですることも無い。
 
 ぐぅ、と唐突に腹が鳴った。
 
 天を仰げば既に日は高い。宿に着いて軽い食事を摂ったが、さすがにこの時間になればお腹も減るだろう。何せ、朝から歩いていたのだ。
 
 トウカを見れば忍び笑いを浮かべている。見られていることに気がつくと、はっとした表情で
 
 「も、申し訳ありませぬ」
 
 「いや。そろそろ腹が減ったな。何か、食べようか」
 
 畏まるトウカを連れて歩き出す。
 
 今の私はただの男だ。皇では無い。だから、畏まられる必要も無い。
 
 最も、私としては普段からそう畏まられるのは好まないのだが。様、と呼ばれると背中がむず痒い。
 
 その点トウカは普段からこの様子。私としても既に慣れてしまってトウカに名前で呼ばれることも想像できない。
 
 歩いていればそのうち食事の取れる場所があるだろう。
 
 道すがら、子供たちとすれ違った。
 
 笑顔ではしゃぐ子供達は、人ごみを縫うように駆け抜ける。追いかける少年もまた楽しげだ。
 
 「―――平和だな」
 
 「はい。聖上が護る國ですから。皆、幸せそうです」
 
 目を細めて笑うトウカ。
 
 その視線の先、子供たちを見遣ると、その後姿が遠くに見えた。
 
 私はその背中よりさらに遠く、辺りを俯瞰するように眺める。
 
 沢山の人々。彼らの表情は皆一様に明るい。
 
 だが、その一方で今も泣き、悲しむ人は存在する。
 
 戦争という名の下で、確かにその悲しみは絶えず量産されている。その礎の上に成り立つこの平和。
 
 人々の悲しみを造る戦争。それを先導する私は、果たして正しい行いをしているのか。
 
 ふと、そんな考えが脳裏に過ぎった。
 
 「聖上? どうかなさいましたか?」
 
 気がつけば、私は往来の真ん中で立ち尽くしていた。
 
 突然立ち止まった私を、覗き込むようにしてトウカ。
 
 「私は、果たして良い皇なのだろうか」
 
 「―――聖上?」
 
 何の前触れもなく問われたことに若干の困惑の色を浮かべるが、しばしの間をおいて口を開く。
 
 「……某には、それに答える資格が御座いませぬ。某は、かつてこの國の民を斬ってしまったのですから」
 
 「それならば私も同罪だ。戦争の度に民を鼓舞し死地へと送っているのだからな」
 
 「そんな―――」
 
 「だから、私にも分からないのだ。この國にとって、私は正しいことをしているのか」
 
 トウカは顔をこちらに向ける。
 
 「……戦争を好む者などおりませぬ。何時の日か訪れる平和を信じるからこそ、彼らは戦い、命を賭けるのです」
 
 その視線が先ほどの子供達が駆けていった方角へ向く。
 
 そこには既に彼らの姿は無かったが、私もその先を追った。
 
 「彼らの笑顔は聖上が戦っている理由にはなりませぬか? 皆同じです。大切な家族の笑顔を護るために、彼らは命を賭けました。誰も聖上を悪く言う者はおりません。―――心を痛めて下さる聖上は、間違いなく良い皇です」
 
 この國が未だケナシコウルペと呼ばれていた頃、この國は荒れ放題であった。
 
 自らの欲を満たすためだけに好き勝手な國営をした前皇時代は、この國は相当に疲弊していた。
 
 にも拘らず、新たに皇となった私まで戦争を始めたのだ。民にとっては不満があるのではないか。
 
 そう考えていた私は、トウカの言葉に肩の荷が下りたような気がした。
 
 実際にどう思われようとも構わない。
 
 私は、大切な民を守るために戦うのだ。後悔は後ですればいい。
 
 「早く参りましょう。某もお腹が空いてしまいました」
 
 恥ずかしそうに言うトウカが先を歩き出す。
 
 考え込む私に気を使ったのだろうか。トウカは私の手を取って先に進みだした。
 
 きっと、トウカの顔は赤くなっているんだろうな、と想像して苦笑する。
 
 道の先は相も変らぬ賑わいを見せている。
 
 私はその明るさを信じて、一歩を踏み出した。