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 馬車はその進路を変え、森をひたすら突き進む。
 
 
 一夜の休息の後、再び動き出した馬車は、少年の導くまま彼の里を目指していた。その決断を下したのは昨夜のことだ。それは決して独断ではなく、三人で協議した結論。それ故に、今の進路に不満を持つ者は居なかった。
 
 
 私は、ただ知りたかったのだ。何が少年を夜襲という行動に駆り立てるまでに追い詰めていったのか、その原因を。それを知ったからといってどうしようとは考えていない。もしかしたら何らかの行動を起こすかもしれないし、全く関わらないという可能性だってある。
 
 
 ただ、私は皇だ。彼らが起こした行動は、裏を返せば彼ら以外の物が起こしても可笑しくない行為ということだ。その原因を追究することは、とても大切なことじゃないかと思う。
 
 
 皇としては、彼らを厳しく取り締まるべきなのかもしれない。國の治安を乱すものは、その軽重は別としても罰せ無ければならない。だが、その原因を追究せずに刑を執行しては、次に同様の行動が行われた場合、その真意を見誤る可能性がある。
 
 
 仮にそれが不満の表れであったとするならば、それを弾圧することはすなわち民の民意を無視するということにつながるのだから。
 
 
 古今、そうして滅んだ國は数知れない。事実として、トゥスクル自体が以前のケナシコウルペに反旗を翻す形で建国されたといっても過言ではない。そうして立った國が、民の意思を無視できるはずが無い。インカラ皇の二の轍を踏む訳には行かないのだ。
 
 
 そんな意を知ってか知らずか、カルラもトウカも黙って私の意見に賛同してくれたそのことに感謝の言葉は尽きない。
 
 
 本来この旅を計画し、実行に移したのはカルラだ。その行程が変更させられるとしても文句も言わずに手伝ってくれる。トウカにしても、彼女がついてきた本来の目的を考えては頭が下がる思いだ。御側付としては、守るべき対象が自ら危険へと身を投じることは頭が痛いはずだ。
 
 
 さらに言えば、トウカはエヴェンクルガとして、人一倍強い正義感をもっている。目の前にその観念に反する行為を犯した者がいるのにそれを捕らえずに話を聞こうだなんて、言語道断。かつての悪即断というほどの直情傾向はなくなったが、それでも身を切る思いでいることは間違いない。
 
 
 にもかかわらず、二人は私の行動に理解を示してくれたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「―――ただし、一つだけ条件がありますわ」
 
 
 昨夜の話の席。カルラはそう言って、身を乗り出した。傍らの少年はまだ寝息を立てている。発達しきっていない体に鞭打つように無理をしていたのだから、相当疲労していたのだろう。鬼のような形相で向かってきた先刻とはまるで異なる、子供らしい愛らしさが感じられる。
 
 
 「ああ。これは私の我侭だからな、その埋め合わせ位は構わない」
 
 
 「それでは―――これが終わりましたら、もう一度続きに付き合ってもらいますわね」
 
 
 口元に軽く笑みを浮かべてさらりと述べる。それは本来とても当たり前な事だ。私の都合で予定を潰したのなら、その埋め合わせはあって然るべき物だ。わざわざ願いまでする必要はない。
 
 
 それでも、そんなカルラの発言に心遣いを感じて、私の心は軽くなった。
 
 
 「分かった。―――だが、それだけの期間城を留守にして、大丈夫だろうか」
 
 
 「あら、心配ですの?」
 
 
 確かに、今更という気がしないでもない。既に数日も城を空けているのだから、それが一日二日延びたところで差し障りはないように思える。
 
 
 「それよりも私は、エルルゥの雷を心配したほうがいいと思いますけど」
 
 
 ……それは、恐ろしい。あの器用な侍大将のことならば心配は要らないだろう。戦場でも異彩を放つ実力者だが、その政務能力もなかなかに優れている。おそらくは國政も問題あるまい。数時間程度のお小言は覚悟しなければならないだろうが。
 
 
 エルルゥにも、ただ怒られるだけならば辛いだろうが耐えられる。彼女に心配をかけるのは本意ではないが、謝ればきっと許してくれるはずだ。
 
 
 だが、―――もしも泣かれてしまったら、私は一体どうすればいいのだろうか?
 
 
 「まぁ、今更そんなことを考えても仕方ありませんわね」
 
 
 兎に角、今はあるじ様の好きになさいませ、と微笑んで後押ししてくれるカルラが心強かった。後ろに彼女がいてくれるという安心感は、何物にも変えがたいものではないか。デリホウライがあのようにカルラゥアツァレイに固執するのも分かるような気がした。そう、その気性から鑑みれば、カルラは本当に姉と呼ぶのに相応しいと言えるかもしれない。
 
 
 ギリヤギナ族の中でもおそらくは最上位に位置するであろうその戦闘力、普段飄々として自由に生きているように見えても、恩を忘れず己の信じたことを貫き通せる意思の強さ。自らを犠牲にしてでも家族を守ろうとする優しさ。戦士としても、女性としてもカルラは尊敬に値する女性だ。
 
 
 そんな彼女が後ろで行く末を見守ってくれているのならば、これ以上に望むことは無い。
 
 
 
 「トウカも、構わないか?」
 
 
 
 馬車の幌に身を預けるようにして瞳を閉じるトウカ。眠っている訳ではなく、ただその思考を巡らせているだけなのだろう。胸に抱いた刀はいつでもその白刃を振るうことができるように構えられていた。
 
 
 トウカはゆっくりとその目蓋を開く。その瞳が捉えたのは、私の傍らで眠る少年。先ほどまで私と命を賭けて真剣を交えていた少年を、トウカはじっと見つめていた。
 
 
 
 「……某には分からないことがあります」
 
 
 それは虚空に語りかけるような呟き。向けられた対象は私ではなく、口に出したという気すらないのかもしれない。
 
 
 トウカの視線は、少年に向けられたまま微動だにしなかった。
 
 
 
 「某はずっと、義に忠ずる為に刀を振るってきました。弱きを助け悪を挫く、それが幼い頃からエヴェンクルガが教えられる唯一の理です。この力は、必ずや人を助けるために振るわれるべきものだと」
 
 
 
 トウカの独白は歌うように流れていく。外は広く、暗い。訪れるものは無く、その声を聴いているのは私とカルラ、小さく囁き鳴く虫達のみ。トウカは視線を外し、夜空に浮かぶ上弦の月を見上げた。その表情はどこか憂うように、悲しげ。
 
 
 
 「確かに、某はそれで大きな過ちを犯しました。物事を上辺だけで判断し、周囲に耳を傾けなかったことで起こってしまった最大の過ちは、これからも一生消えることなく傷跡となって残るはずです」
 
 
 「トウカ……」
 
 
 
 彼女が思いつめていたことは知っていた。私も忘れることは出来ない大きなすれ違いと、それを利用した悪によって引き起こされた必要の無い戦い。クッチャ・ケッチャとの戦争は、そんな悲しい思い出の一つ。
 
 
 その戦いで、私はトウカとの邂逅を果たした。だが、それは必要の無い血を流す、最悪の出会いでもある。すれ違いに気が月、わだかまりが解けた今にあっても、トウカが無実の罪をかざして民を斬ったことに変わりは無い。
 
 
 
 「失うことばかりでしたが、そこから大切なことも学びました。物事を上辺で判断してはいけない。この力を振るうべき悪をこの眼でしかと確かめない限り、理不尽な刃を振るう可能性が残る限り、某は常に考えるようになりました。本当に目の前の敵が正しく悪なのか、と」
 
 
 
 トウカは月を見遣り、そして私をしっかりと見つめた。意志の篭った強い眼差し。それは戦場でみせる、エヴェンクルガの戦士の目だ。軽やかだった口調も次第に熱を帯び、はっきりとした主張を込めて私に届く。
 
 
 
 「その少年が、いや、あの男達が何故力を振るおうとしたのか、某には分かりませぬ。それでも、その少年の顔を見て、彼が悪だと判断できない。街で見かけた少年のそれと、何一つ変わらないではありませんか。だから、某はこの瞳で何が断罪すべき悪なのか、見極めたいと思います。」
 
 
 「それでは―――」
 
 
 「はっ。某も、お供させていただきたく存じます」
 
 
 
 トウカも前に進んでいる。彼女は一つの答えを見つけ出したのだ。どうしたら自らの理想に至ることが出来るのか、その完成形への道しるべとなる一かけらの答えを。
 
 
 それなら、私もここで歩みを止める訳には行かない。皇として、あるべき理想にたどり着くため、けっしてその努力を怠っては為らない。
 
 
 「―――行こう。そこにおそらく、答えがあるはずだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 唐突に視界が開けた。
 
 
 眼下には幾つもの家屋が並び、放牧された動物や、耕された田畑も見渡すことが出来る。
 
 
そこは山間に隠れるようにして存在する小さな集落だった。この辺りは整備された一本道から外れなければたどり着けない山奥にある。道が存在することは存在する。事実、私達はその道を踏破して来たのだが、長年人通りが絶えていたのか、生い茂る樹木に隠れていた。
 
 
 知る人が言わなければ気がつかないような場所に存在するこの里は、外界から忘れられた里の一つなのかもしれない。しかしなぜ、自ら外界に接触を求めようとしないのか。物が流通しなければ、自然と食べ物は自給自足に頼ることになる。確かにそれに不便しないこともあるかもしれない。だが、時には川で魚を取ってみたり、病人が発生したときに助けを求めることもあるだろう。
 
 
 この辺りには川の支流は届いていない。この小さな集落ではヤマユラの里のように薬師が住んでいるということも考えにくい。そもそもヤマユラの里にトゥスクルさんがいたこと自体が例外なのだ。
 
 
 仮に急病人が出たときなどは、あの荒れ果てた山道を走らなければならないだろう。それを考えても、このような立地に里を構えながら外界と交流を断つという行為に、なんら利点が感じられない。
 
 
 疑問が浮かぶ間にも、馬車はその歩を進め、彼らの里へと入っていった。
 
 
 傍らの少年は、御者代に腰掛ける私の背後に隠れるようにして周囲を窺った。なぜ、自分の里で周囲を警戒しなければならないのだろうか。
 
 
 里の人間も、突然現れた来訪者に皆一様に驚いた表情を浮かべている。その中にも同時に、恐怖や怨嗟といった感情が顔を覗かせる。
 
 
 
 「あら―――」
 
 「どうした、カルラ」
 
 「いえ、どこかで見た顔だと思いましたけれど、彼らは昨日襲撃してきた男達ですわね」
 
 
 
 なるほど、そうであれば納得が行く。自らが襲撃に失敗した相手が、堂々と正面から里に入ってきたのだ。当然の感情として、彼らに巻き起こるのは私達に対する敵意、その身をもって味わった恐怖、返り討ちにされたことへの怒りが混在してしかるべきだろう。
 
 
 そこに何か問題があるかと問われれば、その感情は筋違いではあるのだが。罰に私達は彼らに襲撃されなければ出会うことも無かった訳で、自らの身を守るために自衛手段に訴えて彼らを跳ね除けたことにしても、その恨みの矛先を向けられるのは間違っている。むしろそうした恨み節を抱くならば、本来襲われた側にその想いがあるべきだ。
 
 
 とはいえこんな場所で憤慨しても仕方が無い。この里に来たのはいいが、これから一体どうするべきなのか。彼らの働く悪事ばかりでなく、どうしてこんな場所に暮らしているのか、などという質問もしてみたいが、それに答えてくれそうな相手は果たしているのだろうか。
 
 
 背後に隠れる少年は必要以上のことを話そうとはしないし、遠巻きにこちらを見つめる彼らの表情は皆強張り、とても真っ当な受け答えが出来そうには思えない。
 
 
 このままの状況が引き続くのならば、正直どうしようも無い。どうしたものか、と思案する中、その状況を変えたのは私の背後にいた少年だ。
 
 
 突然跳ねるように身を乗り出すと、それまでの沈んだ表情とは打って変わって明るい声を張り上げる。
 
 
 
 「母さん!」
 
 
 
 待ち切れない様子で馬車から飛び降りると、一目散に正面に駆け出す。危険だと感じて一端馬車を停止させて少年を見ると、向かって正面に立っていた女性の胸に飛びこんだ。
 
 
 母さん、と呼ばれた女性は飛び込んできた少年を受け止めるように手を差し伸べて、抱きしめる。その眦には涙の雫を浮かべ、二度とその手を離すまいとその抱擁を強めた。
 
 
 それも当然だろう、自分の子供が、それも年端も行かぬ少年が、人を殺めることが出来る凶器を抱えてその姿を消したのだ。それを考えれば、心配しない親なんているはずが無い。しばしその情景を見やるが、根本的に私達に向けられる視線に宿った意思は変化が無い。
 
 
 畏怖、反抗、怨恨、それら全て負の感情が入り混じった視線。それは敵意と呼ばれるものだが、私たちに向けられるそれは不可視にも関わらず、胸を突くような鋭い痛みを伴って私の体を射抜く。
 
 
 
 「……聖上」
 
 「何だ、トウカ」
 
 「これ以上、この場に留まっても利が在りませぬ。聖上のお気持ちは分かりますが、ここは一旦引きませぬか」
 
 
 
 トウカの言うことはもっともだ。何の進展の鍵も見られないままこの場にとどまったところで何一つ得るものが無いならば、一端退いて何らかの対策を考えることが最良と言えるだろう。
 
 
 だが、理性がそれを認めても感情が頷かない。
 
 
 たとえ非効率であると言われても、目の前に気に掛かる問題の答えが潜んでいるかもしれないその時に後退するなんて。ましてやその尻尾を掴みかけているのに、それを甘んじて退くことを、認めたくないのだ。
 
 
 それは何て馬鹿らしく、愚かな考えなのだろう。
 
 
 いつから私はこんなにも愚かになってしまったのか。
 
 
 
 「あるじ様の好きになさったらいいのではなくて?」
 
 「―――カルラ?」
 
 「私はあるじ様を信じてここまでついてきたのですし、その行動がきっと正しいと信じているから今も傍にいる。あるじ様が好きなようになされば、私はこの力を思うままにお貸ししますわ」
 
 「某も同じです。聖上が正しいと感じたことがきっと正しいのでしょう。某は聖上がお決めになったことでしたら異論はありませぬ。先ほどの言葉も、あくまで一つの選択肢、ということにしてください」
 
 
 
 口に出したつもりは無いのだが、それでも彼女達の言葉は私の心を見抜いているかのように染み渡り、一つの答えを導き出す。
 
 
 私にはこんなにも信頼できる仲間がいるのだ。その仲間が私の考えを支持してくれると言うならば、何を恐れることがあるだろう。愚かでもいい。馬鹿らしくてもいい。大切なことは、正しいと信じたことを貫き通すことだ。
 
 
 
 「―――お主達、何者か」
 
 
 
 そんな想いが天にも通じたのだろうか。舞台の進行はいつも唐突だ。探しても見つからなかった鍵は、往々にして向こうから姿を現すものなのか。問いかけは、突然に発せられた。
 
 
 馬車を囲うようにして形成されていた人垣が、誰が促したわけでもなく、ひとりでに二つに割れた。その道を踏みしめるようにゆっくりと姿を現したのは、一人の老人。
 
 
 しわがれた声は決して大きなものではないが、喧騒の止んだこの場にあっては導かれるように耳に入ってくる。
 
 
 ―――歯車が、動き始めた。
 
 
 何かがその始動を告げた訳ではない。だが、それでも私は、この一つの大きな波が目に見える形で動き始めたと感じることが出来た。