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 「どうぞ、ごゆるりと。とはいえ、何ももてなすものがなくて申し訳ないがの」
 
 
 「失礼します」
 
 
 
 老人に連れられてきたのは、一軒の家屋。集落の一番奥まった場所に位置する家の大きさは、大差は無いとはいえ周囲と比べて一番大きな家だった。
 
 
 室内に上がると、そのまま中心に設けられた囲炉裏を囲うように席を勧められた。
 
 
 導かれるままにその場に座ると、室内を見渡す。
 
 
 率直に言えば、物がない印象を受ける。壁にはそのまま農具が立てかけられているし、棚には器や鍋も置かれている。だが、衣類などを収納する木箱の影が見えないし、壁の板も所々腐りかかっていた。生活に最低限のものしか揃っていないという様子だ。
 
 
 外観からすれば、ここの住人はこの辺りで一番裕福に違いない。それでもこの有様ならば、最も貧しい家族は一体どのように暮らしているのだろうか。
 
 
 そんなことを考えているうちに、老人が奥から引き返してきた。先ほどの少年の母親も一緒だ。その手にはこの家にいる人数分のお茶が注がれたお盆が載せられている。
 
 
 老人は私の向かい側にゆっくりと腰を下ろすと、伸びた眉の置くに潜む両の眼でこちらを見据える。
 
 
 その瞳に宿る意思の強さは、老人のものとは思えない。若い頃の壮健さを創造させるような力強い瞳で見られている。いや、値踏みされているようだ。
 
 
 
 「失礼ですが、貴方は……?」
 
 
 
 その視線に気後れした訳ではないが、私から話を切り出してその矛先を老人に向ける。老人は尚もこちらを見据えていたが、少しの間をおいてその口を開く。
 
 
 
 「―――ワシはこの集落の村長のようなものじゃな。一応、ここの住人の纏め役を担っておる」
 
 
 「村長、さまでしたか」
 
 
 「なに、村長なんぞ名ばかりじゃよ。老いぼれにできる仕事がその程度だというだけのこと。そなたらは、旅人かの」
 
 
 「―――私どもは國から國へと渡り歩く流れの傭兵です。山道を迷い歩くうちに、この集落へと迷い出てしまいました」
 
 
 「傭兵(アンクアム)? それにしては、女性ばかりとお見受けしますが―――」
 
 
 
 傍らの母親が口を挟む。確かに、外目から見ればトウカとカルラはそれぞれが一流の戦士だとは思えない。その強さを知っていても尚、その女性らしい体つきに驚くこともあるのだ。他人の目から見れば、疑われるのも無理のないことなのかもしれない。
 
 
 
 「彼女達も、見た目こそ麗しいですが、その腕前は一級品です。各々が一騎当千の実力を持ち合わせております」
 
 
 「うむ。そちらの女性はエヴェンクルガの出じゃな。女性といえども勇名な武士に違いなかろう。それに、そちらのは、ギリヤギナ族じゃろうて。武力に秀でた國のものならば、なんら不思議はないじゃろう」
 
 
 
 それを聞いて、私は驚いた。
 
 
 確かにそのものの出自はその尻尾や耳から見た目で判別が可能だ。とはいえ、世界には数多くの種族が存在するのだ。その一つ一つを覚えていられるはずがない。
 
 
 有名なエヴェンクルガならまだしも、このような山奥に住まう翁がカルラの出自まで言い当てるとは、正直驚かされた。同時に、一つの疑念も浮かんでくる。
 
 
 彼らは一体、何者なのか。
 
 
 確かに、ラルマニオヌの國はかつて強國としてその名を全国各地へと馳せた大國だという。エヴェンクルガ族も、その高潔な精神と無類の強さから、子供に読み聞かせる物語にその姿を現す。
 
 
 それ故に、彼女達の出自を聞けば、誰もがその力を疑うことなく信じるだろう。
 
 
 だが―――。
 
 
 このような俗世から隔離された、一種の閉鎖空間において、たとえ彼らが二人の種族の名前を知っていたとしても、その容姿的な特徴を知っているとは思えないのだ。
 
 
 このような辺境の地に、ギリヤギナやエヴェンクルガの出自の者が訪れたとは考えにくい。
 
 
 確かにその容姿を伝え聞くこともあるかもしれないが―――それにしては、老人の口調は断定的だ。 
 
 
 物事をはっきりと言い切るには、それなりの裏づけが必要である。それは、伝聞の類ではっきりと言い切れるものではないはずだ。
 
 
 何より、少年の母親は、二人のことを知って驚きを隠せない様子だ。それならば、彼女達の種族における外見的特長は、少なくともこの里において広まっていないことになる。
 
 
 それにもかかわらず、確信をもって二人のことを言い当てるこの老人は、一体何物なのか。この里のことに関しても、手元にある情報が少なすぎる。
 
 
 やや目を細めて老人のことを見つめるが、老人は飄々とした様子を崩さず、何も語ろうとはしない。
 
 
 奇妙な間が室内に充満していく。初めは室内を物珍しげに眺めていたトウカも、今はじっと私のことをみつめて次の動きを待っている。
 
 
 最も、カルラは相変わらず自分の好きなように行動していて、この場の空気など知ったことか、というように胡坐を組んで出された煎茶を啜っているが。もしもそれが杯であろうものなら、ためらい無く飲み干しているに違いない。
 
 
 正直、この奇妙な沈黙は互いに不毛な時間を費やしているに過ぎない。
 
 
 自分達はただ少しでも得られる情報が欲しい。おそらくは、眼前に座り込む翁が私たちをこの家に招いたのも、彼らにとって何か知りたいこと、もしくはしてもらいたいことがある、ということに他ならない。
 
 
 そうでなければ、如何に村長といえ、集落の人々が揃って敵意をむき出しにする相手を招き入れたりはしないはずだ。
 
 
 互いに求めているものがあり、失って困るものがあるわけでもない。それならば、互いに裏に思いを隠したままその腹のうちを探り合うことは、不毛以外の何物でもないだろう。
 
 
 それならば、此方から懐を開くことに何のためらいも無い。
 
 
 何一つ迷い無く、老人をまっすぐ見詰めて、私は口を開く。
 
 
 
 「単刀直入にお聞きします」
 
 
 「ああ、答えられることならかまわんよ」
 
 
 「貴方は私たちに、何を求めるのですか?」
 
 
 
 私が問うたのは、その目的。彼らの正体が誰であろうと、その裏に何が秘められていようと、肝心なことは自分達がどう動くのか。
 
 
 その足がかりとして、彼らが私たちに何を求めるのかを知る必要がある。
 
 
 彼らの正体は二の次だ。
 
 
 彼らの目的さえ分かれば、この後どのように行動するのか、その大切な指標となるのだから。それに、目的を知ることは即ちその核心に迫ることにもつながるだろう。
 
 
 それはきっと、私たちに様々な事実を知るための重大な手がかりを残してくれるはずだ。
 
 
 
 「……何を求めるのか、か」
 
 
 
 翁は呟き、そのまま押し黙った。その様子は黙秘を続けるそれではない。何か適切な言葉はないかと、思考を巡らせているように見える。
 
 
 その沈黙も、長いものではなかった。
 
 
 老人はその顔をゆっくりと上げ、その長く伸びた眉に隠れた瞳で私を射抜く。そこに宿る力は、決して年齢による衰えを感じさせない。
 
 
 静かだが重みのある、一種の威圧感を感じて、私は表面上の平静を取り作らなければならなかった。おそらく顔色には何一つとして変化が現れていないだろうが、私は内心その存在感に圧倒されていた。それを示すかのように、背筋にはうっすらと汗を掻き、冷たく感じる。
 
 
 だが、その巨大な存在感もすぐに薄れ、老人はにっこりと微笑んだ。
 
 
 
 「なに、そう大したではないよ。―――お嬢さん、どうか落ち着きなされ」
 
 
 
 老人は視線だけを私の傍らに控えるトウカに向ける。
 
 
 私もそれにつられてトウカを見た。トウカは座ったままの姿勢。だが、その腰は僅かに浮き、気が付けばその手は刀の鞘に当てられている。
 
 
 視線を向けられたことが予想外だったのか、トウカは一瞬きょとん、とした表情を見せた。
 
 
 老人が笑いながら腰の辺りを軽く何度か叩いてみせる。そのとき初めて気が付いたのか、トウカは慌ててその手を刀から離し、足を地に落ち着ける。
 
 
 
 「これは、とんだご無礼を……、申し訳ありません」
 
 
 「ほっほっほっ、気にするでないさ」
 
 
 
 恐縮して頭を下げるトウカ。
 
 
 その様子から鑑みるに、どうやら先ほどの行動は無意識下のものだったようだ。エヴェンクルガの武士はその技量ばかりでなく、精神力もまた人並みはずれたものがあるという。
 
 
 そのトウカでさえ無意識に身を守る為の行動に移るのだから、目の前に腰を落ち着けるこの翁は、かなりの実力者であるはずだ。
 
 
 もしかしたら若い頃は、戦場で名を馳せる猛者だったのかもしれない。先ほどの射抜くような視線にも既視感を覚えたが、それは歴戦の兵のみが持つならではの鋭い観察眼だ。
 
 
 底が知れない。
 
 
 
 「さて、頼みというものじゃが……そう、お前さんたちの強さを見込んでのことじゃよ。傭兵なのであろう? その対価もしっかり払おう」
 
 
 「傭兵として、ですか」
 
 
 「そう。実を言えばな、ワシらがこのような辺鄙な場所に息を潜めて暮らさなければ為らないのには訳があってな―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……聖上」
 
 
 「―――なんだ、トウカ」
 
 
 「本気で、なさるおつもりですか?」
 
 
 
 エヴェンクルガの武士にしてははっきりとしない物言い。もっとも、トウカが何を言いたいのかなんて分かりきっている。
 
 
 目線を捉えた先から離さずに小声で問いに答える。
 
 
 
 「困っている民がいるのなら、私はそれを助けたい」
 
 
 「それは、分かります。ですが、これまでもあの里はああして無事だったのですから、御城に戻られてから対策を練られても大丈夫ではないでしょうか……」
 
 
 
 勿論、トウカの言い分にも一理ある。ここで私達が動くよりも、トウカの言に従った方が危険性も確実性も心配する必要が低くなるだろう。だが、それはあくまで理性的に考えた際の結論だ。
 
 
 だが、今の私は感情的に動いている。
 
 
 たとえそれがどれだけ危険なことであろうと、民が苦しみから解放される時間が短ければ短いほど良いことには違いないだろう。それがどれだけ愚直な行動であるかは理解している。
 
 
 皇としては、明らかに軽率な行為だ。たとえそれが民のためであろうと、皇の体になにかあれば、それ以上の民が大きな影響を受けることは間違いない。
 
 
 それだけしっかりと事の軽率さは理解しながらも、私はそれをやめようとはしないのだ。
 
 
 皇として、ではない。私個人として、自分の目に移る親しい人間が困っているのなら、出来る範囲で力を貸したい。
 
 
 その親しい人が私の場合は民という大きな枠であるという、ただそれだけのことで、それに費やせる力も皇という立場に比例して大きなものになった、と言うだけのこと。
 
 
 今現在、立場を偽っている関係上、すぐにできることが自ら動くことだった、という訳だ。
 
 
 それに―――
 
 
 
 「それにもし実働的な働きを求めるなら、トウカとカルラがいること自体が最高の人材じゃないか」
 
 
 「まぁ、確かにこういった類の話でしたら適任かも知れませんわね」
 
 
 「ですが……」

 
 
 未だに不服なのか、トウカは渋っているものの、協力すること自体を嫌っているのでなく、ただ私の身が危険に晒されることを案じているだけ。時にそれが行き過ぎることもあるが、基本的に忠臣的な考え方のトウカだ。目的自体もエヴェンクルガの武士としては肯定すべき代表的なものであることが手伝って、トウカ自身考えには賛同している。
 
 
 私は待機しているから、トウカが乗り込んで行け、といえばトウカは進んでそれを実行するに違いないし、勿論それを許すほど私は白状ではない。
 
 
 カルラは息を潜めるでも高揚するでもなく、ただ傍らの木の幹にからだを預けている。
 
 
 ただ、彼女もまた今回の私の決断を否定せず、むしろ興味を持って積極的に行動を起こしている。
 
 
 事実として、里の人々ですら大体の場所しか把握していなかったこの場所を見つけてきたのは、先導を買って出たカルラだった。カルラは対人戦闘において強い力を発揮するが、その一方で様々な技能、知識にも長けている。
 
 
 その出自の多くを語りたがらない彼女だが、おそらくは幼い頃からそういった類の知識を身に付けていったのだろう。
 
 
 戦場での応急手当、口に出来る野草、素手によって敵を渡り合う術、時折見せる知的な口舌。
 
 
 そのどれもが彼女にとっては生きていく為に必要な力だったのだろうか。
 
 
 ……私は大きく一度かぶりを振った。
 
 
 他人が話さない過去を詮索するのは趣味の良いことではない。何より、今はほかに集中すべきことがあるはずだ。
 
 
 私は先ほどから視界に納めているそこを奥まで覗き込むように中止する。
 
 
 それは入り口の小さな洞穴だった。いわれなければ 気が付かないほど目立たなく偽装されているが、一度気が疲れてしますとその装いが逆に怪しさを感じさせる。
 
 
 この辺りは里の人から得た情報とも一致する。おそらくは、この場所が目的の場所で間違いなさそうだ。
 
 
 
 
 
 
 「―――山賊、ですか?」
 
 
 「うむ。ワシらは昔からこの土地でひっそりと暮らしてきた。勿論、生活に不便さはあるが、皆この土地が好きじゃったし、それなりに近場の集落とも交流をもっておった」
 
 
 
 老人は滔々と話し続けた。
 
 
 かつて、この里は温泉のある集落と書く集落の中継地として、それなりに生活を続けていたらしい。交通の不便さから良く知られるような土地でもなかったが、時折訪問者が訪れ、人々がそれを快く迎え入れるという日々を送っていた。
 
 
 だが、先皇の時代、自らの傲慢で温泉までの近道を整備した。それ以来、この里を訪れるものは途絶え、次第に外界から孤立し始めた集落。だが、それでも彼らにとってこの土地が愛すべきものだということは変わらなかったし、幸い自給自足できるだけの豊富な土壌に恵まれていたこともあり、そのことはさしたる問題にもならなかったのだ。
 
 
 
 「だがの、ケナシコウルペが崩壊した頃と前後してか、この周辺に賊が現れての……。奴等はワシらに要求を突きつけた」
 
 
 「要求、ですか……。金品や食料の提供、といったところですか?」
 
 
 
 翁は黙って首肯した。その頷きはただの一度だが、そこには悲痛な思いが汲み取れる。自給生活を送る彼らにとっての痛手は、その命の源となる生活物資だ。それを横領されるのでは、生活が逼迫してくるのも当然だろう。
 
 
 
 「勿論ワシらも初めは反抗した。だが、やつらは恐らく嘗ての國の軍の崩れなのじゃろう。歯向かった男衆は何人かが天に召された。貴重な働き手の損失はただでさえ厳しい生活を更なる底へと落とし込んだ。さらには、他の集落への逃避も無理やり禁止した。里の女子供の命を脅迫してな……」
 
 
 「何たる逆賊! エヴェンクルガの名において、圧巻を許すことは出来ぬ!」
 
 
 それまで黙って離しを聴いていたトウカが立ち上がり激昂した。これまでは私の顔を立てていてくれたのかもしれない。だが、その限界も臨界点を超えてしまったのだろう。
 
 
 エヴェンクルガが抱く正義という誇りの名の下に、トウカは己を奮い立たせる。
 
 
 口に出しこそしなかったが、私も同じ思いだ。罪のない彼らを苦しめる理不尽な存在。ただ静かに自分達の生活をすることだけを望んでいたのに、自らの欲望にかまけ、暴力的な手段に任せるままその幸せを踏みにじった彼らを許すことは出来ない。
 
 
 
 「それでは、私が先行して偵察してきますわ。ある程度の場所は分かっていますの?」
 
 
 「おお、引き受けてくださるのか!」
 
 
 「―――カルラ」
 
 
 「ええ、分かってますわ。あるじ様ならこんな状況で頼まれて断れるはずがありませんし」
 
 
 
 その頬に浮かぶのは苦笑。仕方ないですし、とでもいうように眉を微妙に下げながらも、カルラは家の外へと歩き出した。
 
 
 確かにカルラの言うとおりだった。私にはそのような逆賊を放置したままにすることは出来ない。当然ながら、カルラが応じなければ私が頷いていたはずだから。
 
 
 だから私は歩き出したカルラの背中に小さく礼をする。
 
 
 彼女が私のわがままを聞いてくれたこと、それに加えて、自ら率先して動いてくれたのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして今、私たちは山賊の拠点と推察される洞穴の近くに身を潜めていた。
 
 
 今、あの里を解放できるのは私達のみ。急いで解決しなければ、貧困にあえいだ集落の村人によって、新たなる山賊被害が出てしまうか漏れない。
 
 
 そうなると、負の連鎖はとめられない。
 
 
 山賊の貧困に喘いだ者が山賊に身をやつすなど、私には我慢できない。
 
 
 彼らにそれをさせてしまえば、私は皇として民を守れなかった愚か者だと、自分で自分を許せなくなってしまうから。
 
 
 
 「―――トウカ、カルラ」
 
 
 「―――はっ」
 
 
 「―――えぇ」
 
 
 
 二人からの短い返答。
 
 
 私は交互に彼女達の顔を見合わせ、小さく、しかし確かに宣言した。
 
 
 戦いの火蓋を切って落とす、その掛け声を。
 
 
 
 「―――行こう」
 
 
 
 幕は上がった。そう、これはきっと私の為の、戦い。