×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 
 




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……と、言う訳だ」
 
 
 しん、と静まり返った室内。
 
 
 眼前に控える皆は、身じろぎ一つしないで目前の玉座に腰掛けるハクオロを見つめている。
 
 
 結局。このような状態で人々の前に姿を表すことは出来ないと、朝議は非開催となった。本来ならその理由を説明する必要があるが、それすら出来ない状態。それを解決するために、大急ぎで直印入りの書簡を作成し、関係者に送付した。
 
 
 その為にわざわざドリィとグラァにも朝から各地へ走り回ってもらった。直接姿を見せる訳にもいかなかったから、エルルゥを介しての頼みだったが、嫌な顔一つしないで引き受けてくれた二人には本当に感謝したい。
 
 
 それと同時に、ハクオロは仲間達に一つの号令をかけた。
 
 
 すなわち、『謁見の間に集まって欲しい』と。
 
 
 それらも含めて全てエルルゥが行ったことだが―――何よりも大変だったことが、誰にも見つからずに禁裏から謁見の間へと移動することだった。周辺を立ち入り禁止の札を置き、頭から顔が隠れるように布団を被って歩いたのだが、道を封鎖しているにもかかわらずそこまで慎重になる必要があったのだろうか。
 
 
 それを言ったとたん、エルルゥに叱られた。
 
 
 
「ハクオロさんは、今の状況がどれだけ大変なことなのか、自覚が無さすぎます!」
 
 
 
 確かに、最初は気が動転してあれこれと考えが廻っていたが、一端落ち着いてしまうと不思議とエルルゥが慌てるほどの事態なのだろうか、とさえ思ってしまう。
 
 
 戸惑うことこそあれ、それが支障をきたすようなことがあるだろうか、と考えるとそうでもないように思えるのだ。
 
 
 体が変わってしまったとはいえ、自分が自分である事には変わりないのだ。周囲がどう思うかの問題で、自分自身に関しては心情的に処理してしまえばたいした問題ではないと、そう考えていた。
 
 
 
 ……自分の認識が如何に甘いものだったのか、ハクオロはこの後十分にその身をもって知ることとなる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「―――問題ですね」
 
 
 「……そうか? そう言うほどのことでもないと思うのだが」
 
 
 「いいえ! 大・問・題です!」
 
 
 
 みんなの前に姿を現した際の反応は、三者三様というか何というか。驚いていることには変わりないのだが、たとえばベナウィなどはため息を吐いて軽く頭を抑えた程度だが、トウカはなんだかふらふらとしていて見ているほうが心配になる。カルラはにやにやとした笑みを浮かべてこちらを見ているし、ウルトも見た目は動揺しているようには見えない。アルルゥに至っては歯牙にもかけない、といった体だ。
 
 
 最も、ベナウィを除いた男性人は口を大きく開いたまま固まっているが。……あごでも外れたのか?
 
 
 兎に角。
 
 
 驚いていても始まらない、という事で、やりとりが始まった訳だが。初めはエルルゥが騒ぎ立てたときと同じように詰問されるのではないか、という危惧は取り越し苦労だったようで、以外とすんなり受け入れられてしまった。
 
 
 その一因をかっているのは、エルルゥが正直にこうなってしまった心当たりがある、と告白したことにあるのだが。私はその心当たりとやらの正体を知らない。エルルゥに尋ねてみても、誤魔化されて聞くことが出来なかった。
 
 
 自分としては少しでも元に戻る手がかりを知りたい。だが、エルルゥは黙ってこそいるが、元に戻るために尽力してくれると約束してくれた。薬師であるエルルゥがその心当たりとやらを知っていれば、大した問題も無いだろう。
 
 
 さらに、エルルゥが事情を説明する前にウルトとやりとりをしていたことも一因に含まれるだろう。
 
 
 
 「あの、……彼女が、ハクオロさんだというのはほぼ間違いないんですが……」
 
 
 
 と言い辛そうに口にしたのだが、ウルトはその根拠を聞くことなく、
 
 
 
 「エルルゥ様がそう思われるのでしたら、私は彼女がハクオロさまで間違いないと信じましょう」
 
 
 
 と発言した。仲間とはいえ、ウルトはオンカミヤムカイの第一皇女だ。その一声はこの動揺した事態の中で非常に力を持っていた。
 
 
 なぜ、そうも自信を持って信じられるのか、とも思ったが、ウルトは相変わらず微笑を浮かべたままだ。……正直、一番心情を読み辛いのはウルトだと思う。大抵のことでは本心を表に出していない気がするし、何故か時折黒い気配を感じて後ろを振り返ると、笑顔のウルトが立っていることも多々ある。
 
 
 ―――気のせいなら問題はないのだが、な。
 
 
 そんなこんなで、現状をみんなに理解してもらうことには成功した。
 
 
 最も、現状といっても一言で済むくらい明白なものだが。
 
 
 つまり、自分が女になってしまった、ということだけ。
 
 
 それを理解するのと納得するのとはまた別問題だが、私自身は落ち着いていたし、ベナウィも納得することを優先していては話が進まないと判断したのだろう、発した第一声が先ほどの一言だった。
 
 
 
 「だが、な。確かに驚きはするが、自分であることには変わりない。それなら、姿が変わったというだけで、國自体に支障は無いのではないだろうか?」
 
 
 「いえ、そう単純な問題でもないでしょう。例えば―――」
 
 
 
 ベナウィは一同をぐるりと見回す。
 
 
 
 「オボロ。今の聖上を見てどう思いますか?」
 
 
 「オ、俺か? ……正直、混乱している。兄者が兄者だということはわかったが、それでも違和感は消えないな」
 
 
 「―――そう、聖上の人と成りを知り、尚且つ信頼を置いている者でもそう思うのです。これが民に知れたらどれほどの混乱が起きるか、お分かりですか?」
 
 
 
 ……確かに。自分の体の変化だから、そう大した問題にもならないと考えていたが、確かに甘かった。
 
 
 
 「皇が突然女性になってしまった。元々聖上のお姿を知らないものが大多数なのです。仮に彼らが聖上が偽者だ、と叫んだとしても、それを否定できる証拠がありません。―――最悪、暴動が起きても何ら不思議は無いでしょう」
 
 
 「あぁ、そうだな。みんなは納得しても、民が不安になる可能性は否めない、か。この事は、やはり極力伏せた方がいいだろう」
 
 
 「そうですね。問題があるとすれば、兵たちにもあまり知られないほうが良いとは思うのですが、こればかりは難しいですね。さすがに一度も禁裏を出ることなく御政務をこなす事は実質不可能ですし、あまりにお部屋に篭りきりでも兵たちが不審に思うでしょう。このことは後で考えなければいけませんね」
 
 
 
 こうして考えてみると、やはり問題は山積みのようだ。
 
 
 ふと傍らを見ると、エルルゥが俯いたまま震えている。一体どうしたのだろうか。
 
 
 
 「……どうしたんだ、エルルゥ?」
 
 
 「そ、それだけが問題じゃありません! ハクオロさんが、ハクオロさんが女の人のままだとっ……!」
 
 
 
 わなわなと震えだす。―――何なんだ、一体?
 
 
 
 「わたしは、一体どうしたらいいんですか!?」
 
 
 「な、何をだ、エルルゥ?」
 
 
 「何をって、それは……と、とにかく! ハクオロさんは一刻も早く元に戻らないといけないんです!」
 
 
 
 エルルゥの話の意図が良くつかめないが、出来る限り早くもとの体に戻る、ということは最優先事項に違いない。……自分はこのままでも大した支障はないが、民にとっての大問題ならば解決すべき問題だろう。
 
 
 
 「わたしも頑張ってお勉強しますから、ハクオロさんも頑張ってくださいね!」
 
 
 
 ……いや、エルルゥ。
 
 
 頑張って元に戻れたら、エルルゥが頑張る必要はないと思うのだが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「しかし、これからどうしたら良いんだ」
 
 
 話にひと段落着いたところで、オボロが言う。
 
 
 
 「どうした、オボロ?」
 
 
 「いや……兄者が女性になってしまっただろう? それなら、俺は兄者を何と呼んだらいいんだ?」
 
 
 「そうですぜ。まぁ、オレは総大将、とかわらないですがね」
 
 
 「―――そうだ、これからは“姉者”と呼ばせてもらうぞ」
 
 
 「……あのなぁ、オボロ―――」
 
 
 
 姉者……、何故だろう、聞くだけで悪寒が走るのだが。自分は自分だ。概観以外、何も変化は無い……はずだ。ただ、その外見の変化が何よりも問題になっているのだが。
 
 
 
 「おとーさん」
 
 
 
 くいっ、と着物の袖を引っ張られる。ふと視線を向けると、アルルゥがじっと私を見上げていた。
 
 
 
 「何だい、アルルゥ?」
 
 
 「おとーさんは、おとーさん」
 
 
 
 自分は、自分。先ほどからずっとそう思っていたが、他人からそういわれたのは初めてのことで、胸の奥にぐっと来るものがあった。
 
 
 
 「ありがとう、アルルゥ」
 
 
 「ん」
 
 
 
 アルルゥの小さな頭を優しく撫でた。毎日エルルゥが梳いている髪は滑らかで、撫でている方も気持ちよくなってくる。アルルゥは目を細めて、嬉しそうに私の手に体を委ねている。
 
 
 いつになったら私が元に戻れるのか、それはウィツァルネミテアのみぞ知るところなのかもしれないが、その過程において幾多の苦難が待ち構えているかもしれない。
 
 
 それでも、私をこうして支えてくれる仲間達がいれば、きっと乗り越えられるはずだから。
 
 
 だから、その時まで頑張ろう。そう、胸に誓った。
 
 
 
 
 
 「おとーさん」
 
 
 「あぁ、なんだい?」
 
 
 「おとーさん……おかーさん?」
 
 
 
 
 
 ……うん、きっと、頑張れるさ。自分は自分だと信じていれば。