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 城内は騒然としていた。何しろ、突如として巨大なからくりが姿を現したかと思えば、その中から現れた人が『クンネカムン皇・アウルリネウルカ=クーヤ』を名乗ったのだから。
 
 
 私も自分のことで気が動転していたとはいえ、危うくクーヤに向けて守備兵達が攻撃を仕掛けようとしていたことは反省せざるを得ない。
 
 
 ……尤も、クーヤもクーヤだ。
 
 
 来るのならばいつものように待ち合わせをして、それから私と共に城に戻ってくればこのような騒ぎになることも無かっただろう。……それでも私が直接で迎えるようなことは出来なかっただろうが。
 
 
 現在城内に鎮座する謎の巨大なからくりに、兵たちは興味一割恐怖九割といった様子で恐る恐る様子を窺っている。私もアレが何なのか、クーヤに問いただしたいところではあるが、それ以上に最優先事項として如何にしてクーヤと面会するか、という最大の問題に直面していた。
 
 
 大慌てでエルルゥと話し合い、結果なんとかクーヤとの面会に漕ぎ着けた。
 
 
 
 「なぁ、ハクオロ」

 
 
 漕ぎ着けた、のだが。
 
 
 クーヤから不機嫌な声が上がる。
 
 
 顔を伺うことは出来ないが、きっとその表情も同様に不機嫌なのだろう。
 
 
 その両隣に大きな影と小さな影が一つずつ。
 
 
 どっしりと構え、微動だにしないのがゲンジマル殿に違いない。
 
 
 相対するように挙動不審におろおろと辺りを見回している様子がうかがえるのは、おそらくサクヤだろう。
 
 
 同じ血縁関係にあって、こうまで仕草が異なるというのもなかなか面白いが。
 
 
 
 「わざわざ遠路遥々の長旅は疲れただろう、クーヤ。すまなかった」
 
 
 「……いや、別にそのようなことはどうでも良い」

 
 
 冷たく響く声。
 
 
 クンネカムンの皇を迎える立場として、私も普段のように上座に座る訳ではなく自ら歩いて同じ高さまで歩み寄っている。
 
 
 強國の皇を相手にするとあって、普段以上に礼節には注意しなければならない。親しき仲にも礼儀ありだ。何より、私とクーヤが知己の間柄にあるなんて、誰一人知らないのだから。
 
 
 緊張する周囲にあって、何故か仲の良い両者。そういった構図になる―――はずだったのだ。








 だったのだが。
 
 
 
 「……この布は何なのだ?」
 
 
 
 冷静な声だが、聞いていて底冷えするような印象。姿が垣間見れないだけ、恐ろしさが倍増する。
 
 
 私とエルルゥが考案した最終手段。
 
 
 会わない訳にいかず、尚且つ顔を見られてはいけないならば、布で両者を隔てて顔を隠すしかない。声は多少くぐもらせることで誤魔化す。
 
 
 これが非礼であることは十分承知だが、後はクーヤが機嫌を損ねないことを祈るばかりだった。
 
 
 
 「余はクンネカムンの代表として、すべてをさらけ出す覚悟で訪れた。アヴ・カムゥをわざわざ人目に晒し、尚且つ素顔を明かしてまで、だ」
 
 
 
 クーヤが普段仮面を被っている理由は、皇としての威厳を保つため。小娘と思われて、大國の皇が侮られる訳にはいかない。
 
 
 それが、危険性を犯してまでそれを覆してトゥスクルを訪れた。アヴ・カムゥとはおそらくあの巨大からくりのことだろうが、アレだけのものを今まで他國に隠し通してきた。それを明かすとは、何たる覚悟。
 
 
 あの夜、クーヤが言ったことが反芻される。
 
 
 『私は客としてではなく、対等に渡り合える相手として、在りのままのトゥスクルを見て見たいのだ』
 
 
 そのために、クーヤは自分の全てをさらけ出して訪朝した。
 
 
 それに対して、どうだ。
 
 
 私は自分のことをひたすら隠し通し、嘘で塗り固めて誤魔化そうとしている。
 
 
 あろうことか、自分の民にまでも、だ。
 
 
 これで、クーヤに本当のトゥスクルを見せたといえるのだろうか。最大限の誠意をもった相手に答えたといえるのだろうか。
 
 
 
 「―――すまない、クーヤ。私は自分の身のことばかり考えていて、大切なことを忘れていたのかもしれない」
 
 
 
 すっと手を伸ばして布の幕に手をかける。
 
 
 
 「いけません、聖上!」
 
 
 
 私の動きを察して、ベナウィが声を上げた。
 
 
 だが、それでいいのだ。たとえ偽者として疑われ、ののしられても。嘘をついてごまかしていては、クーヤから信頼を得ることは絶対に出来ない。
 
 
 私は一瞬の躊躇もなく幕を横に引いた。
 
 
 開けた視界に飛び込んでくるのはクーヤのやや不機嫌そうな顔。
 
 
 その表情が驚きに変わるまで、さしたる時間を要しなかった。
 
 
 体の勢いにつられて宙を舞う長い髪。それこそが今の私の象徴であり、傷跡。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「それは……災難だな」
 
 
 
 私の姿を目の当たりにしたクーヤは、驚いたものの騒ぎ立てることもなく素直に『ハクオロ』の言葉を聞いてくれた。
 
 
 私がハクオロだと示せる証拠が無い今、疑われることなく信じてくれることは非常にありがたい。
 
 
 「姿が変わってもそなたがハクオロであることには変わりない。家臣が信じておるのに、余が信じぬわけにもいかないだろう」
 
 
 と言ったクーヤは今、私と向かい合う形で座り、くつろいでいる。
 
 
 
 「あぁ、正直、困ってしまう。私がハクオロだという確たる証拠を提示できない以上、クーヤのようにすべての者が信じてくれるとも限らない」
 
 
 「だが、このままでは公務に差しさわりがある、か?」
 
 
 
 クーヤは私の悩みの本質をすばやく見抜く。女性になったことが問題なのではなく、それに伴う弊害が要だ。
 
 
 このままの状況が続いていけば、最悪公務の処理が追いつかなくなり、國の情勢に影響を及ぼし始めるだろう。それも、そう多くない未来のうちに……。
 
 
 
 「この姿を明らかにできないことが最大の問題だ。それが全ての行為に影響を与えている原因だからな」
 
 
 「ふむ……」
 
 
 
 クーヤは一瞬考え込むそぶりを見せたが、すぐに顔を上げてじっと私の顔を見つめる。何か言いたそうに口を開き、しかしそれを声に出すことはしない。
 
 
 
 「何か、妙案があるのか?」
 
 
 「あ……あぁ、ひとつ考え付いたことがあるのだが……正直それで通用するかどうかは自身がもてんのだ」
 
 
 「構わないさ。どうせこのままでは何一つとして進展が見られないのだからな」
 
 
 
 そうか……、と一瞬黙り込んだが、すぐさま再度口を開く。
 
 
 
 「一つ思ったのだが……、別に、姿を隠す必要はないのではないか?」
 
 
 「―――何? だが、それでは私の素性を疑うものが現れるのではないか?」
 
 
 
 いや、そうではない、と私の疑問を跳ね除ける。
 
 
 
 「そなたがハクオロだと証明する必要もないだろう。要は公務が正常に行われている状態であればいいのだからな」
 
 
 
 ……クーヤの意図が掴めない。確かに全てが滞りなく行われている状態ならば、私の心情はさておき、公的には何の問題も発生しない。だが、その皇として行わなければならない政務がこの姿では行えない、という点が問題なのだ。
 
 
 
 「―――つまり、だ。実際に政務を行うのがハクオロであれば何の問題もないのだから、そなたが『親族の女性に皇の権限を預けた』という公的な証拠を作ってしまえば良いだろう」
 
 
 「それは、確かに……」
 
 
 「皇が親族に何らかの権限を授けることは良くある事だ。権限の譲渡、などといえば言いすぎだが、例えば何らかの理由でそなたが國を離れなければならない、という理由をつくり、皇としての代理をその『女性』に任せれば解決ではないか」
 
 
 
 確かに、それは可能かもしれない。ケナシコウルペの先王などは良い例だ。親族に各地の統治権限を渡し、領主としての権限を与えていた。國の政治権限を譲渡することは行き過ぎかもしれないが、代理として一時的に政務権限を預けることなら可能だろう。
 
 
 その補佐として、ベナウィを後見人として付ければ反対も無い筈だ。権限の譲渡は書簡で行えば良い。皇しか使えない印を用いれば、大抵の人間はそれが正式なものだと疑わない。
 
 
 今の私を『親族の女性』と称することに関しても、私が記憶喪失で倒れていたところを助けられた、という実情を知るヤマユラの集落の出のものは、存在しない。それを知っているのはごく一部のものだけだ。
 
 
 ならば、皇の家族と見られているエルルゥが私のことを『親族の女性』と認識すれば、それを疑うものもいない。
 
 
 
 「それならば、多くの問題が解決するが……、だがな、私が國を離れなければ為らない理由を作るのは大変だぞ。皇が自國を離れるには、それなりの理由が必要だ」
 
 
 「そうだな……、ならば余が協力しよう。トゥスクルとクンネカムンの同盟締結のためにクンネカムンに赴いている、といえば良い」
 
 
 クンネカムンは三大強國とうたわれる程軍事力を誇る國だ。トゥスクルの平世を維持するために、長期間の視察を行っている、というのは確かに筋が通っていおる。
 
 
 
 「―――何から何まですまない、クーヤ。お陰で未来に希望が持て始めた」
 
 
 「余とそなたの仲であろう? 礼には及ばん。余も、そなたには幾度となく助けられているのだからな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ところで、クーヤ」
 
 
 「何だ、ハクオロ」
 
 
 「―――上手く今の状況を利用したな」
 
 
 「……な、何のことだ」

 
 
 こうして。クーヤの目論見どおり、トゥスクルとクンネカムンの間に同盟を結ぶ布石が打たれた。